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バンコクの変遷を見てきた「あぱまん情報」の山口政次社長

不動産開発の草分けとしてタイで長年活躍している「」の山口政次社長。同社は今年で25周年を迎えるとともに、40歳でタイで起業した山口社長も65歳を迎えます。

25年の間には不動産に関する様々な事業を山口社長自ら企画、実行してきました。不動産仲介からサービスアパートや小規模オフィスの管理・運営、工場・店舗の賃貸・売買、不動産鑑定事務所など、その内容は多岐に渡り、山口社長のアイデアから生まれ、今ではタイの日系不動産業者の間でも定番となったサービスも多々あります。

今回は、25年間のバンコクの変遷やこれまでの事業を振り返るとともに、今後の抱負を話していただきました。
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「現在のバンコクのビルの95%は、この25年の間に建設されたもの」と、25年の間の街の急激な変化を語る山口社長。

当時はビジネス街でもほとんどが平屋やタウンハウス、5階建ての中層ビルで、高層の建物といえば、シーロムならドゥシタニホテルやその向かいのロビンソンのあったビル、CPタワー、バンコク銀行の真向かいのブンミットビル。スクムビット界隈ならソイ24~26のチョクチャイビルくらいのものでした。

日本の不動産開発の会社に勤めていた山口社長は、起業する前の3年間、タイに赴任し、不動産開発の現地責任者として約20億バーツかけたプロジェクトを成功させました。自ら企画・判断・実行する仕事を目指していた山口社長は、その後 、独立しました。当時、日本はバブル崩壊後でした。

1バーツが5.2円と円安でしたが、タイでは人件費の安さから、日本大手の製造業や建設会社、銀行、商社などが多くタイに進出していました。

シーロム界隈で日本料理店といえば、葵や日本亭、新大黒などでしたが、どの店も毎晩、接待で使われ、いつも予約でいっぱいの状態。タイ人経営の飲み屋では一見でも、名刺を見せるとツケができるほど、タイでも日本人が幅を利かせていた時代と当時を振り返ります。

起業した当初は、手始めに、食堂の経営と駐在員向けの住まいの仲介業から始めました。

食堂の経営は上手くいかずに、用意した資金もほとんどを使ってしまいましたが、企業に勤める駐在員向けの仲介サービスを地道に行いました。

当時、駐在員の住まいといえばサトーン界隈の低層コンドミニアムか一軒家でした。一世帯250~350平米と、とにかく広く、メイドも何人もいたのが特徴でした。

仲介業が軌道にのってきた頃、知り合いのインド人から、サービスアパートの管理・運営を頼まれました。

これが後の「あぱまん情報」の看板事業のひとつになり、また、タイでは希少な日本人向けサービスアパートとなりました。

当時のアパートは日本人向けのサービスなどはなにもなく、英語も話せないタイ人が窓口だったほど、日本人には不便なものでした。

そこで、山口社長は日本語窓口の設置、日本のビデオの無料視聴、日本の新聞を置いたりと日本人向けのサービスを取り入れたところ、反響を呼び、その後はシラチャー、アユタヤなどの郊外にもサービスアパートを建設し拡張しました。

その後に始めた、小規模レンタルオフィスも、まだタイにはなかった画期的なサービスで、大手日系企業が続々利用するようになり、また、今ではタイではよく見かける不動産業のひとつになりました。

家具付きのオフィススペースに、共有の受付、コピー機付きでレンタルできて、初期投資を大幅に抑えることができる進出企業向けのサービスですが、実は当初は、利益を出すよりも、人助けのつもりで始めた事業だそうで、まさかこれほどまでに反響があるとは想像しなかったといいます。

その後も、ミャンマーで日本人向けの住まいを開発・運営するほか、メイドの派遣。タイでは工場の賃貸、さらには不動産鑑定サービスと、時代のニーズに合わせて様々なアイデアを取り込んだ事業を行ってきました。

さらにもうひとつ、25年間で大幅に変わった街の変化といえば、タイ人と日本人の立場がいつの間にか逆転してしまったのではと山口社長は語ります。

去には、タイの物価の安さが魅力で、日本人が旅行に来ては豪遊する風景が見られましたが、今は、タイ人が日本旅行を楽しむ時代。接待で使う日本人でいっぱいだった日本食店も、タイ人客の方が多いときもある。また、バンコクのデパートといえば、大丸や東急くらいのものでしたが、いつのまにか大きなモールが次々できて、タイ人がショッピングを楽しんでいます。

日本人にとっては決して楽ではない時代が来てしまいましたが、山口社長の中には、そんな新たな時代に対応したビジネスプランがいくつかあり、ロングステイヤーや駐在員向けに不動産の資産形成の手伝いをできないかと、いくつかのアイデアを練りながら進めています。

今のところ70歳まで働くことが目標とのことですが、その年になっても、まだ『体力』と『やる気』、そして『新しいアイデア』を出す力があれば、現役を続けて行くかもしれないと語りました。

 

2016年8月5日 タイ自由ランド掲載

 

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