第3章-35 戦前のバンコク 西野順治郎 列伝 51 終戦と玉音放送

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第3章-35 戦前のバンコク 西野順治郎 列伝 51 終戦と玉音放送

第3章-35 戦前のバンコク 西野順治郎 列伝 51 終戦と玉音放送

旧日本大使館跡、現在はインドネシア大使館(著者撮影)
旧日本大使館跡、現在はインドネシア大使館(著者撮影)

終戦当日の様子について、西野さんは詳細に記述していますので以下紹介します。
× × ×
ペッブリー通りの日本大使館官邸では、裏の広い庭に日本人会から連絡を受けた数百人の在留邦人が集まっていました。

ベランダには山本熊一駐タイ大使を始め、連合軍に奪還されたビルマから引き上げてきた石射猪太郎駐ビルマ大使他、大使館員たちが沈んだ面持ちで並んでいました。

まず鶴見秘書官がマイクの前に立って次のように切り出しました。

「皆さん、只今すなわち日本内地では正午であります。この時間に、恐れ多くも天皇陛下におきましては、マイクを通して全国民に向かって放送されます。(注:恐れ多くも、は天皇の言葉を使用する時の枕言葉)
昨夜遅く、その後放送の全文が入電致しましたので、ここに清書して只今から山本大使が代読されます。ご清聴下さい」

小柄で頭がハゲ上がり、いつも良い爺(じじい)らしくニコニコしている山本大使ですが、今日に限り口をつぐんだまま静かにマイクの前に進み、墨で清書された奉書紙を広げる手は震えていました。

「只今から、本日畏(おそ)れ多くも天皇陛下が玉音で全国に放送される詔勅(しょうちょく)を謹んで代読させていただきます―」

熱帯の太陽の光が降り注ぐ官邸の広い庭に集まった在留邦人たちは、シンとして固唾(かたず)を飲みました。

空には一片の雲もないバンコクの朝でした。

「朕(注:ちん、天皇のこと)深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑(かんが)み非常の措置を以って時局を収拾せんと欲し、…。

代読している山本大使の顔は涙に漏れ、声を詰まらせる事しばしばでした。聞いている邦人一同も皆涙にくれていました。

特に女性の間では嗚咽(おえつ)の声も聞こえています。

山本大使は、悲壮な思いで声を縛り絞り出すように代読を続けていました。

以下、代読は続きますが、この紙面では省略します。

この時、西野さんはこれまでに連合国側の情報をキャッチしていたので、「来るものが来た」ということで、周囲の人たちが受けたような突然のショックがありませんでした。こんな時でも、西野さんは冷静に振る舞っていました。

大使の勅語代読が終わった時には、男性も含めて満場の人たちが声を出して泣いていました。
(次回号へ続く)

著者紹介: 小林 豊  2022年9月5日 タイ自由ランド掲載

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