特別企画 西野順治郎 列伝 34 カンチャナブリーの慰霊碑を訪ねて

特別企画 西野順治郎 列伝 34 カンチャナブリーの慰霊碑を訪ねて

特別企画 西野順治郎 列伝 34 カンチャナブリーの慰霊碑を訪ねて

はじめに

泰麺鉄道については、既に3回連載しましたが著者として心残りの感があるので、さらにカンチャナブリー慰霊碑について書き加えて見ました。

著者と西野さんとの会話の中で、カンチャナブリーの話に及んだ時、「旧日本軍が奴隷を虐待したような博物館があり事実と異なる」という不満の言葉を発していたのを今でも覚えています。

「その博物館は、どんな人がどんな目的で作ったのかわからんけど…」と話していました。

西野さんは、露骨に表情に表さなかったものの、大変快く思っていなかったようです。

以上の話を思い出して、現状はどうなっているのかを確かめるべく現地へ足を運ぶことにしました。
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その博物館は、クウェー河鉄橋の近くにある「JEATH戦争博物館」です。戦争に関する博物館だけあって、昔の様子がわかる陳列品が並べられています。
これらの陳列品を見る限り、旧日本軍が残虐行為を行ったというイメージを連想することができます。

「戦場にかける橋」の映画と共にこの博物館を見た人は、旧日本軍の虐待行為を連想する人もいることでしょう。大変残念なことです。
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日本人がカンチャナブリに行った際に必ず訪れて欲しい場所があります。
それは旧日本軍が建立した慰霊碑です。このことについてネットでの記載が少ないので触れてみたいと思います。

まず場所ですが、中心地のクエイ河鉄橋から南へ徒歩5分位の地点で「JEATH戦争博物館」から近くです。

設立の経過についてですが、1944年(昭和19年2月)に鉄道建設隊長であった高崎少将は、建設工事に従事してマラリアや赤痢これらなどの熱帯感染症や栄養失調で命を落とした連合軍捕虜、労務者、軍属のために、慰霊碑を建設しました。

この建立された慰霊碑の除幕式には、西野さんも末席ながら臨席しました。
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この敷地約2ライは、戦後小谷亀太郎さんや日高秋雄さんらの努力で地主から購入して日本人会の所有になっています。

これには、外務省の在外墓地修理費の予算を得ています。なお、当時2ライ以上の土地をわずか5,000バーツで買い取ることに成功しています。
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余談ですが、ある時著者が「西野さんの銅像を建てたい」と冗談交じりに話をしたら「それは死んでから言うことで、生前銅像の話を自らするなんてとんでもない」と取り合ってくれなかったことを覚えています。

銅像は本人が他界してから、建てるものなんですね。
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今月号で、今年の打ち止め。
昨年の9月以来、このシリーズには始まりましたが、今年はこの号を持って打ち止めとします。来年も、引き続き連載を続けたいと思います。

この間、読者の皆様から励ましを受け、また協力もあり、お礼申し上げます。
サワディーピーマイ(新年おめでとう)

(次回号へ続く)

著者紹介: 小林 豊  2021年12月20日 タイ自由ランド掲載

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