第3章-10 チェンマイ チェンマイと旧日本軍 西野順治郎列伝㉕
初めに西野さんの伝記を執筆していますが、ある時お孫さんに当たる西野輝泰さんから次の通りメールが送られて来ました。
「昔チェンマイにある歴史記念館か博物館のようなところへ、一緒に行った記憶があるのですが、そこに設立者の一人と ...
第3章-9 チェンマイ 慰安婦のこと 西野順治郎列伝㉔
以下の内容は、チェンマイでの出来事なので「自由シャムの横顔」より引用して紹介します。
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1946年7月私は引き上げ帰国 ...
第3章-8 チェンマイ 憲兵とのトラブル 西野順治郎列伝㉓
こんなエピソードもあります。 チェンマイで勤務中のある日未明、警察署長の来訪で起こされました。 その前夜、同地に駐在していた日本の憲兵が同地の名士4名を逮捕し、「日本軍の兵営に連れ込んだのは如何なる理由か」とのことでした。 警察署長と ...
第3章-7 加藤隼戦闘隊 チェンマイへの思い入れ 西野順治郎列伝 22
西野さんは、加藤建夫中佐について「人徳があり立派な人格者」として評価しています。
2人が会って、彼は3ヵ月後の1942年5月には38歳で戦死しています。
その後彼は、軍神として崇められ、日本国民の戦意高揚のため ...
第3章-6 チェンマイ副領事 西野順治郎列伝㉑
1941年8月、西野さんはサイゴンでチェンマイ勤務の辞令を受け取り、同9月に原田忠一郎領事と共に同地に赴任しました。 しかし、原田領事は11月初めから病気療養のため、バンコクに出たままであったので、西野さんは領事代理に任命され太平洋戦 ...
閑話休題 特別編(2)東京メガネと西野順治郎氏
冒頭からお詫びです。今回西野さんの記事はチェンマイの話に進む、と予告しましたが、都合で特別編(2)を組むことになりました。読者の皆様、了解お願いします
東京メガネ、徳力勝利(55)さんに取材しました(5月5日) ...
第3章-5 任官後 西野順治郎列伝⑲
1940年9月、タイはフランスの植民地であったインドシナとの間に国境紛争を起こし、その調停を日本に依頼するため、時のピブン内閣(ピブンソンクラーム首相兼国防大臣)は、ルアン・プロームヨーティ国防副大臣一行を日本に派遣しました。
第3章-4 本省帰朝 西野順治郎列伝 ⑱
当時のタマサート大学は、法学部、商学部の二学部だけで商学部には、ブンチュー・ローチャナサチヤン(後に国会議員から副総理)が、法学部の同級にはチンダー・ナソンクラー)後に人事院総裁)、ロートビット・ペレラー(後に私が参加する法律事務所の ...
