第9章-1 国営紡績工場 西野順治郎 列伝70 国営紡績工場建設とタイ東レ

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初めに

西野さんのタイでの商社マンとしての大きな実績は、このプロジェクトから始まります。

すなわち、タイ国軍が運営していた国営紡績工場が老朽化していたので、それを日本からの最新設備を導入して最新の繊維工場に立ち上げ、その結果、この実績が評価され社長賞を受けたという話。
以下、これら一連の経過について追って行きます。
× × × ×
その前に、国営繊維工場建設とタイ東レ工場建設について説明します。
西野さんは、タイにおける繊維工場プロジェクトを2件提案しました。
1件がタイ国軍傘下の老朽化した紡織工場の近代化で、第2件は貿易が輸入超過で日本の東レなどから輸入していたタイ人向けの学生服や公務員服用のテトロン混紡織物をタイで製造する内製化プロジェクトです。
これらは同時に提案したプロジェクトですが、異なる経過を歩みましたので分離して書いて行きます。
別々に紹介した方が誤解を招かないからです。
よって、第2のタイ東レ工場建設は、この話の後になります。
× × × ×
本題に入る前に、その頃の支店内の様子を見てみましょう。
西野さんは、35歳の時バンコクに赴任し2年後に「日本政府による官民合同ミッション」の一員としてラオスを訪問しています。
それをきっかけに、トーメンはラオスでの取引を他社に先駆けて開始しました。
そして、この取引で莫大な利益を上げました。
同時にこのミッションは「日タイ特別円協定締結」を行っており、いわゆる「特別円」の存在を知っていたので、このお金「特別円」を利用する何らかのプロジェクトを考えていました。
この時社内では、既にナンバー2の次長職のポジションでした。よって、ルーチン業務から外れており、プロジェクトを考える余裕と時間がありました。
そんな中、紡績工場の立ち上げが計画され、BOI(タイ投資委員会)に工場建設申請し、認可を受けました。
この計画はトーメンが申請したものの、具体的繊維メーカーが見つかっていませんでした。同時にこのプロジェクトを進める中で、「特別円」を用いてのプロジェクトも検討していました。
なお、繊維メーカーの合弁プロジェクトは「東レのタイ進出」の所で詳細を記述します。

(次回号へ続く)

 2023年6月20日 タイ自由ランド掲載

関連リンク

 

Bing AIにきいてみた 西野順治郎さん

西野順治郎さんは、日本の外交官、実業家、教育者であり、初代在泰日協会学校理事長、元タイ・トーメン社長・会長でした¹。1917年8月9日に生まれ、2001年3月5日に亡くなられました¹。以上の情報はWikipediaに掲載されている情報です¹。

¹: [Wikipedia](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%87%8E%E9%A0%86%E6%B2%BB%E9%83%8E

ソース: Bing との会話 2023/6/27
(1) 西野順治郎 – Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%87%8E%E9%A0%86%E6%B2%BB%E9%83%8E.
(2) 西野 順治郎 – Webcat Plus. http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/55292.html.
(3) 西野順治郎とは – わかりやすく解説 Weblio辞書. https://www.weblio.jp/content/%E8%A5%BF%E9%87%8E%E9%A0%86%E6%B2%BB%E9%83%8E.
(4) 日タイの親善に尽くした功労者、西野順治郎列伝 ① | タイ バンコク タイ自由ランド. https://jiyuland5.com/%e8%a5%bf%e9%87%8e%e9%a0%86%e6%b2%bb%e9%83%8e%e3%80%80%e5%88%97%e4%bc%9d-%e2%91%a0/.