西野順治郎列伝 141 第13章- 15 『タイの大地と共に』2



戦後はまた経済大国日本になる時代だったから、民間にいる方がのびのびと働ける機会が多く、体験や知識を有効に利用できた。
この本でも「戦場にかける橋」の実話、慰安婦問題、そして戦後の無思慮な日本の若者の麻薬についてのトラブルなど、話題は豊富だし、これからタイや東南アジアに関係を持とうとする人にとって、貴重な情報に満ちている。
それは調べた知識でなく、いわばそれらの情報の発信源というか、情報源を作った当事者だから信頼性は高いのである。
今でこそ、世界中どこへ行っても、そこに留学している若者の姿は見ることができる。
しかし戦前では留学という先進国に限られた傾向があった。
それだけに外務省の留学試験を受けてタイの大学に進んだ西野さんのタイ体験は本物だし貴重である。
タイと日本の両国政府から勲章を授けられたことから見ても、その実情がうかがえるというものである。
この本のあとがきとして、西野さんが記された内容を紹介します。
「私は1997年には満80歳になるが、この間50年以上をタイで過ごしてきた。
これは当初からの計画であったのではなく、ただタイが住みやすくタイの人たちに接して、違和感を感じなかったからであろう。
そして今なお毎日現役で、1日中バンコクの事務所で多忙な日々を送れることに感謝している。
この間に、既に2冊の本を書き残すことが出来たが、今回ここに収録したものは単独で単行本にするには短すぎる原稿を集めたもので、これにてタイ生活の報告書としたいと思う。
最初の中編小説2編のうち「メナムー1945」は角川書店発行の「野性時代」1984年4月号に発表したものである。
戦時中をバンコクで送った台湾女性を主人公にしたフィクションでだが、この小説のモデルとなった張英子さんに読んでもらったところ、「私に関する限りノンフィクションだね」と言われた。
彼女は戦後、米国のラオス経済援助団に請われて、ビエンチャンに英国人向けの書店とレストランを持った。
そしてラオスが共産化され、米国人が引き上げると同時にバンコクに戻り、子供たちに囲まれて真摯なクリスチャンとして静かな日を送っていたが、1994年に77歳で死去した。
ビエンチャン時代に、松本清張が彼女を悪女の主人公にした「象の白い脚」という小説を書いているが、彼女は生涯を通じ、真面目に純粋に生きた人であった。
「プリーデイーパノムヨン」は、私がタマサート大学時代及び大使館時代に直接お会い、尊敬しているタイの政治家の生涯を描いたノンフィクションである。「真実の話」は、主として世に知られていない事実を書き残したものである。
読者諸子に、この本を通じて幾らかでもタイの実情を知っていただければ幸甚(こうじん)に思う。
最後にこの本を出すにあたり序文をいただいた三浦朱門先生、日経事業出版社の影山千鶴子さん、ブックデザイナーの山崎登さんに深くお礼申しあげる。」
1996年11月 著者
今月6日に写真家の瀬戸正夫さんがお亡くなりになりました(享年95歳)。心よりご冥福をお祈りいたします。
(次回号に続く)
2026年6月20日 タイ自由ランド掲載







