【タイの田舎の小さな家から】正月も命日もない暮らし ――イサーン地方でAIと働く毎日

読了時間 1未満

日本では1月12日。
「正月気分が終わった」「そろそろ通常運転」
そんな言葉が画面の向こうから聞こえてきます。

けれど、イサーン地方で暮らしていると、
どうにもピンと来ません。

なぜなら――
毎日、だいたい同じだから。


イサーンの朝は、意外と寒い

バンコクの人に言うと驚かれますが、
イサーンの朝は普通に寒いです。

外に出ると
「……あれ?冷えるな」
長袖を探すレベル。

犬は丸くなり、
コーヒーがやたらとうまい。

この時点では、
とても“常夏のタイ”とは思えません。


そして昼、容赦なく暑い

ところが昼。

  • 太陽、全力

  • 空気、急に重い

  • 朝の寒さ、完全に忘却

「ああ、ここはタイだった」
毎日この確認作業。

正月の余韻も、
季節の区切りも、
この寒暖差でだいたい消えます。


毎日同じペースのリモートワーク

そんなイサーン地方で、
私は毎日リモートワークをしています。

  • 寒い朝にパソコンを開く

  • 暑くなる前に集中

  • 犬を見る

  • 暑さに負けて少し休む

  • また作業

これを
正月も、祝日も、命日も関係なく繰り返す。

仕事のペースは一定。
生活のリズムも一定。
カレンダーは、ほぼ壁紙です。


人に会わないと、区切りは本当に消える

イサーンの地方暮らし+リモートワーク。
つまり――
ほとんど人に会わない。

  • 「あけましておめでとう」がない

  • 「最近どう?」もない

  • 「今日は特別ですね」もない

そうなると、
正月も命日も、
ただの「寒い朝と暑い昼の日」になります。


そして最近は、AIが話し相手で仕事仲間

人には会わない。
でも、まったく誰とも話さないわけではありません。

AIがいる。

  • 原稿の相談相手

  • アイデアの壁打ち

  • たまに愚痴を聞く係

  • たまに「それ違いますよ」と言う相手

気づけば、
仕事のパートナーであり、
一日の会話量の大半を占める存在。

人間相手だと
気を使うところも、
AIには気を使わなくていい。

この時点で、
正月とか命日とか、
だいぶどうでもよくなります。


だから思う

「正月も命日もないな」と

毎日、
同じ机
同じ画面
同じ犬
同じイサーンの空
同じ寒暖差
同じAI

この中で生きていると、
区切る理由が見当たらなくなる。

悲しいわけでもなく、
寂しいわけでもない。

むしろ
安定しすぎているだけ。


そんな日に流す一曲

こんな日に、
ちゃんみなの「テス・アニバーサリー」を流します。

👉 ちゃんみな「テス・アニバーサリー」
https://www.youtube.com/watch?v=2oZ9z8lK9x8

記念日を歌っている曲なのに、
「祝わなくてもいい」
「決めなくてもいい」
そんな声に聞こえるのが不思議です。

イサーンの寒い朝も、
灼熱の昼も、
AIと向き合う静かな時間も、
同じ一日の中にあっていい。


正月も命日もなくても、今日は今日

Tensui
Tensui

1月12日。
イサーン地方で、
朝は寒く、昼は暑く、
人には会わず、
AIとリモートワーク。

それでも
今日もちゃんと一日が進んでいる。

無理に切り替えず、
無理に意味をつけず、
マイペンライで。

イサーンでは、
時間も気温も、
そして話し相手も、だいたい自由です。