【タイの田舎の小さな家から】立正アクシオム論 —最後の鎖国と人類転生計画—第18話 崩壊の加速——そして時の管理者の最終警告

1. 日本——社会秩序の完全崩壊
意識転送のリスクが公表されてから一週間。
日本社会は、もはや回復不可能なレベルまで崩壊していた。
【東京・新宿】
かつて世界で最も活気に満ちた街は、今や廃墟と化していた。
火山灰が数十センチ積もった道路。
窓ガラスが割れたビル群。
略奪の跡が残る商店街。
そして、路上に倒れた人々の遺体。
「助けて…誰か…」
道端で倒れている老人に、誰も手を差し伸べない。
人々は皆、自分自身の生存で精一杯だった。
【避難所・体育館】
感染症が猛威を振るい、毎日数十人が死んでいった。
医療スタッフは疲弊し、薬も医療器具も底をついていた。
「もう限界です…」
看護師が泣き崩れた。
「患者を助けられない。ただ死ぬのを見守ることしかできない」
そんな中、ある決断をする人々が増えていった。
「新人類化を受けたい」
「意識転送を選ぶ」
飢えと病から逃れるために、人々は変容を選んでいった。
【横田基地——選択の加速】
第一格納庫(意識転送派)には、毎日1000人以上の列ができていた。
「30%のリスクがあっても構わない」
末期癌の女性が言った。
「このまま苦しんで死ぬより、新しい世界に賭けたい」
奈々子は一人一人の顔を見つめながら、意識転送装置を操作した。
青白い光が一人の人間を包み、数分後——
「転送完了」
また一つの肉体が、生命活動を停止した。
しかし、モニターには「意識受信確認 成功率:68%」と表示されていた。
32%は…消滅していた。
奈々子の心は、日に日に重くなっていった。
第二格納庫(新人類派)も、毎日2000人以上が処置を受けていた。
エレナ自身が新人類化したことで、人々の信頼は高まっていた。
「エレナ博士が受けたなら、安全だ」
次々と人々が新人類化していった。
ナノマシンが体内を循環し、遺伝子が書き換えられ、神経接続装置が埋め込まれる。
手術後、人々は確かに「強く」なった。
食料はほとんど必要なくなり、病気にも感染しなくなった。
しかし——
「あなた…変わってしまったのね」
新人類化した夫を見て、妻が涙を流した。
「あなたの目から、温かさが消えてしまった」
夫は冷静に答えた。
「感情的な反応は非効率だ。論理的に考えれば、私の選択は正しい」
妻は震えた。
夫は確かに生きている。
しかし、彼女が愛した「人間」としての夫は、もういなかった。
2. 世界各国——分断される人類
世界各国でも、同様の混乱が広がっていた。
【アメリカ・ニューヨーク】
マンハッタンでは、意識転送派と新人類派が武力衝突した。
「お前たちは逃げ出す臆病者だ!」
新人類派の若者が、意識転送派の施設に火炎瓶を投げた。
「お前たちこそ、人間性を捨てた化け物だ!」
意識転送派が反撃した。
警察も軍も、もはや制御できなかった。
【中国・北京】
中国政府は国民に強制的な新人類化を命じた。
「拒否する者は、国家反逆罪とみなす」
しかし、地下では抵抗運動が広がっていた。
「これは人権侵害だ!選択の自由を守れ!」
地下組織は、意識転送装置を秘密裏に建設し、政府の目を逃れて転送を行っていた。
【インド】
宗教指導者たちの間で、激しい論争が起きていた。
「魂を転送することは、輪廻の輪を断ち切る行為だ。神への冒涜だ」
ヒンドゥー教の高僧が宣言した。
しかし、別の宗教指導者が反論した。
「いや、意識転送こそが『解脱』への道だ。肉体の束縛から解放され、より高次の存在になる」
宗教界も真っ二つに分断されていた。
3. 自然のまま派の苦悩——そして選択
横田基地の屋外広場。
「自然のまま派」の人々は、日に日に数を減らしていった。
最初は3000人いたが、今では300人程度になっていた。
リーダー格の中年男性——田中健一は、深い苦悩に陥っていた。
「私たちは…間違っていたのだろうか」
彼の周りには、骨と皮だけになった人々が座り込んでいた。
食料配給はほとんどなく、感染症も広がっていた。
「田中さん…子供が…もう…」
ある母親が泣きながら言った。
「子供を助けたい。新人類化を受けさせてください」
田中は唇を噛んだ。
「…わかりました。お子さんを連れて、第二格納庫に行ってください」
母親は泣きながら子供を抱き、格納庫へと走っていった。
その夜、田中は一人で考え込んでいた。
「人間のまま生きる…それが正しいと思っていた」
しかし、その「正しさ」は何の意味があるのか。
子供たちが飢えて死んでいく。
病人が苦しんで死んでいく。
この「正しさ」は、誰のためのものなのか。
「私は…自己満足のために、人々を死なせているのか」
田中は深い絶望に沈んでいった。
翌朝、田中は決断を下した。
「皆さん、聞いてください」
残された300人の前で、彼は演説した。
「私は間違っていました。『自然のまま』という理想に固執し、皆さんを苦しめてしまいました」
人々は静かに彼を見つめた。
「今日から、選択は自由です。意識転送を選びたい方は第一格納庫へ。新人類化を選びたい方は第二格納庫へ。そして、それでも自然のままでいたい方は、私と共にここに残ってください」
田中の言葉に、人々は涙を流した。
そして、次々と立ち上がり、格納庫へと向かっていった。
最終的に、自然のまま派として残ったのは——
田中健一、ただ一人だった。
4. 奈々子とエレナの再会——深まる協力
その夜、奈々子とエレナは基地の屋上で会っていた。
火山灰に覆われた空の下、二人は並んで立っていた。
「奈々子、あなたは疲れているわね」
エレナが優しく声をかけた。
「ええ…毎日、何十人もの人々を転送しています。でも、30%は失敗する。私は…殺人者なのかもしれません」
「違うわ」
エレナは奈々子の肩を抱いた。
「あなたは人々に選択肢を与えた。それは救済よ」
「でも…」
「私も同じよ。新人類化した人々の一部は、人間性を失っている。彼らは確かに生きているけど、もはや『人間』ではないのかもしれない」
二人は沈黙した。
どちらも、深い罪悪感を抱えていた。
「エレナさん、私たちは…正しいことをしているのでしょうか」
「わからないわ。でも、何もしなければ、もっと多くの人が死ぬ」
エレナは夜空を見上げた。
「完璧な解決策なんてない。私たちにできるのは、少しでも多くの人を救うことだけ」
奈々子は頷いた。
「そうですね…」
その時、二人のスマートフォンが同時に鳴った。
「時の管理者」からのメッセージだった。
5. 「時の管理者」からの最終警告
【緊急メッセージ】
奈々子、エレナへ。
よくやった。二人とも、人類のために最善を尽くしている。 しかし、時間がない。
最終警告を告げる。
地球は、あと4ヶ月で居住不可能になる。
富士山の噴火は序章に過ぎない。 間もなく、環太平洋火山帯全域で大規模噴火が連鎖する。 『リング・オブ・ファイア』の目覚めだ。
ハワイ・マウナロア火山——2週間後 アラスカ・レッドアウト火山——3週間後 インドネシア・クラカタウ火山——4週間後 フィリピン・タール火山——5週間後
そして最終的に、イエローストーン超巨大火山が噴火する。 それは人類文明の終焉を意味する。
噴火が連鎖すれば、大気中に大量の火山灰が放出され、 太陽光が遮られ、地球全体が氷河期に突入する。 『火山の冬』だ。
農業は完全に崩壊し、海洋生態系も壊滅する。 生き残れる人間は、推定5%以下。
奈々子、エレナ、あなた方に残された時間は4ヶ月。 その間に、可能な限り多くの人々を救え。
意識転送、新人類化、どちらでもいい。 変容を選ばない者は、全員死ぬ。
これが最終警告だ。
奈々子とエレナは、震えながらメッセージを読んだ。
4ヶ月…
人類に残された時間は、わずか4ヶ月しかないのか。
「イエローストーン…」
エレナが呟いた。
「もしもあの超巨大火山が噴火すれば、北米大陸は壊滅する。そして世界中が火山の冬に覆われる」
「つまり、地球そのものが終わるということですか」
「その通りよ」
二人は顔を見合わせた。
もはや、思想の対立など意味がない。
どちらの道を選んでも、選ばなければ全員が死ぬ。
6. 緊急世界会議——最後の決断
翌日、国連本部で緊急世界会議が開かれた。
各国の首脳、科学者、そして奈々子とエレナも参加した。
国連事務総長が厳しい表情で語った。
「『時の管理者』と名乗る存在からの警告を、各国は受け取りました。我々は今、人類史上最大の危機に直面しています」
スクリーンには、環太平洋火山帯の地図が表示され、噴火予定の火山が赤く点滅していた。
「地質学者の分析によれば、この予測は極めて正確です。既に各火山で異常な地殻変動が観測されています」
アメリカ大統領が立ち上がった。
「我々はどうすればいいのか。全人類を避難させることは不可能だ」
中国主席が答えた。
「我が国は既に、国民の30%を新人類化した。残りの人々も速やかに処置を進める」
ロシア大統領が反論した。
「新人類化は不十分だ。火山の冬が来れば、地上では生存できない。意識転送こそが唯一の道だ」
インド首相が声を荒げた。
「どちらも受け入れられない!我々には宗教的価値観がある!」
会議は紛糾した。
その時、奈々子が立ち上がった。
「皆さん、聞いてください」
彼女の静かだが強い声が、会議場を静めた。
「私たちが議論している間にも、人々は死んでいきます。もう時間がないのです」
「では、どうすればいいというのか」
「選択を委ねましょう。一人一人に」
奈々子は深呼吸をした。
「政府や宗教が決めるのではなく、個人が決める。意識転送を選ぶ人、新人類化を選ぶ人、そして自然のままを選ぶ人。すべてを尊重しましょう」
「しかし、自然のままを選べば死ぬぞ」
「それも一つの選択です」
奈々子は毅然と答えた。
「人間の尊厳とは、自分の運命を自分で決める権利です。たとえその結果が死であっても」
会議場は静まり返った。
そして、国連事務総長が深く頷いた。
「…わかりました。国連は、個人の選択を尊重します。各国政府に、意識転送装置と新人類化施設の建設を要請します」
7. 大規模プロジェクトの開始——人類救済作戦
翌日から、世界中で前例のない大規模プロジェクトが始動した。
【プロジェクト・アクシオム(意識転送)】
世界各地に、意識転送装置が建設された。
日本、アメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ、アフリカ…
毎日、数万人が意識転送を選択していった。
「さようなら、地球」
老人が微笑みながら装置に横たわった。
「アクシオムで、新しい人生を始めます」
青白い光が彼を包み——
「転送完了」
また一つの意識が、1200光年彼方へと旅立った。
【プロジェクト・テラノヴァ(新人類化)】
世界各地に、新人類化施設が建設された。
テラ・ファーストの技術が全世界に開放され、各国が独自に処置を行った。
「強くなりたい」
若者が決意を込めて言った。
「この世界で生き延びたい」
ナノマシンが投与され、遺伝子が書き換えられ——
「新人類化完了」
彼の瞳は鮮明に輝き、身体から淡い光が放たれていた。
8. 最初の火山——ハワイ・マウナロア噴火
そして、予言通り——
2週間後、ハワイのマウナロア火山が噴火した。
【NHK緊急ニュース速報】
「ハワイ・マウナロア火山が噴火しました。噴煙は成層圏にまで達し、太平洋全域に火山灰が拡散しています」
「ハワイ諸島の住民は緊急避難中ですが、空港は閉鎖され、多くの住民が孤立しています」
横田基地の司令室。
奈々子とエレナは、衛星映像を見つめていた。
画面には、真っ赤なマグマを噴き上げるマウナロア火山が映し出されていた。
「始まったわね」
エレナが静かに言った。
「ええ…これから連鎖的に噴火が起きる」
奈々子は深呼吸をした。
「私たちは、急がなければなりません」
9. 人々の選択——それぞれの道へ
世界中で、人々は最終的な選択を迫られていた。
【ある家族の選択】
リビングで、家族4人が座っていた。
父親が口を開いた。
「私は新人類化を選ぶ。家族を守るために、強くなりたい」
母親が言った。
「私は意識転送を選ぶ。この身体は限界だから」
高校生の娘が言った。
「私も新人類化する。お父さんと一緒に生き延びたい」
小学生の息子が泣きながら言った。
「僕は…お母さんと一緒に行きたい」
家族は抱き合って泣いた。
これが最後の別れになるかもしれない。
【ある老夫婦の選択】
病院のベッドで、老夫婦が手を握り合っていた。
「あなた、私たちはどうする?」
妻が尋ねた。
夫は穏やかに微笑んだ。
「一緒にアクシオムに行こう。50年間一緒に生きてきた。これからも一緒だ」
妻は涙を流しながら頷いた。
「ええ、一緒に」
二人は手を握り合ったまま、意識転送装置に向かった。
【ある若者の選択】
大学の講堂で、学生たちが議論していた。
「俺は新人類になる。まだやりたいことがたくさんある」
「私は転送する。この世界に未来はない」
「僕は…自然のままでいたい。たとえ死んでも」
それぞれが、それぞれの道を選んでいった。
10. 田中健一の最後——そして奈々子の涙
横田基地の屋外広場。
「自然のまま派」のリーダーだった田中健一は、たった一人で座っていた。
彼の身体は痩せ細り、顔色は青白かった。
奈々子が彼のもとに訪れた。
「田中さん…まだ間に合います。意識転送か新人類化を…」
田中は穏やかに微笑んだ。
「いいえ、奈々子さん。私は人間のまま死にたいのです」
「でも…」
「私は間違っていました。自分の理想に固執し、多くの人を苦しめてしまった」
田中は空を見上げた。
「でも、最後くらい、自分の信念を貫きたい。人間として生まれ、人間として死ぬ。それが私の選択です」
奈々子は涙を流した。
「わかりました…」
彼女は田中の手を握った。
「あなたの選択を尊重します」
数日後——
田中健一は、静かに息を引き取った。
飢えと病の中で、しかし人間としての尊厳を保ったまま。
奈々子は彼の亡骸の前で、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、田中さん。あなたは私に大切なことを教えてくれました」
「選択には、覚悟が必要だということを」



















