第6章-3 商工省時代 西野順治郎 列伝 62 自由シャムの横顔(2)

「自由シャムの横顔」は表紙にこだわりが見られる

この本の表紙にキンナラ(タイ語でキンナリー)をモチーフにした像が描かれています。
ちなみに、このキンナラはインド神話に登場する音楽の神々です。また、「自由シャムの横顔」のローマ字表示もあります。

これは、日本語のみならず外国人にもこの本の内容がわかるように併記したのでしょう。
西野さんが世界的な視野に立って書いたように思えます。

本「自由シャムの横顔」舟形書院(1948年)は、現在国会図書館に保存されています。
友人が、この本の公開を求めて国会図書館に請求した所「著作権法により開示できない」との回答でした。

しかし、閲覧は可能でした。もっとも、この手続きは、やたらと大変だった、とぼやいていました。(友人に行ってもらった)

なお、この本とは別に表紙のイラストも著作権保護の対象になっているとのことです。
本のタイトルですが、「シャム」の字を入れていますが、既に述べたとおりタイ国の旧国名で、1939年6月ピブン首相が変更しました。

西野さんのタイ在職中に国名が変わったので、あえて旧名にこだわったタイトルにしたのでしょう。
× × × ×
以下、この本のはしがきを紹介します。これにより、西野さんが読者のため読んでほしいという気持ちが凝縮されて示されています。

自由シャムの横顔はしがき

20世紀の人類を恐怖のるつぼに投げ込んだ太平洋戦争の渦中にあって、シャム国のみが悲惨なる破壊を免かれ、その独立主義を完全に守り通したのである。

彼らは戦争前、早くも厳正中立を世界に訴えていたが怒涛(どとう)の如く流れこむ日本軍のために同盟条約締結を余儀なくさせられた。

しかし自由と平和に対するシャム国民の執着は同盟国日本を巧みにあやつり、戦争に対する犠牲を最小限度に止め、しかもその末期においては連合国と相通じ、終戦に際しては敗戦国としての取り扱いを受けず、いち早く国際連合の一員として招ぜられた。

これは、自由と博愛を教うる仏教に基礎を置くシャム国民性の然らしむる所であるが、小国であるシャムには大国間の砲火の中にあってその自由の楽土を守るために、一方ならぬ苦闘を経験したのである。

私はこの戦争の前後を通じてシャム国に在住し、つぶさにその国民性を学び、平和への努力を眺めることができたのでその実情をここにまとめて見た。
前編の「自由へのたたかい」は直接今戦争中におけるシャム人の苦闘の記録であり、後編「メナム雑記」は主として戦争前における私の生活を中心にシャム人の風俗、習慣を描いた随筆の収録である。

いささかなりとも諸氏の御批判の対象になれば幸いである。

なお本書中で本名をお借りした先輩、畏友(いゆう)諸氏にお詫びする。

また本書を発刊に際し、特に好意を寄せられた武藤仁隻氏及び舟形書院代表、道瀬幸雄氏に深謝する。

武蔵野豊玉宴にて
昭和22年晩秋
著 者

(次回号へ続く)

 2023年2月20日 タイ自由ランド掲載

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