第3章-15特別編 故トムヤンティ女史と柘植隆治さん 西野順治郎列伝29

トムヤンティ女史とツーショット(著者撮影)

今回はトムヤンティ女史を追悼して柘植隆治さんの訪問記を紹介します。 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×

2020年9月15日 朝4時30分起床

会社生活から引退してあっという間に4年経過、その間、気楽な生活を過ごしている。野球の試合に例えて言えば、消化試合を続けているといったところである。

そんな状態だが、友人の小林豊さんからチェンマイ行きに誘われ、およそ10年振りのチェンマイ行きとなった。

7時30分ドンムアン空港発のエアエシアJD3445便にてチェンマイへ向かう。

約1時間後にチェンマイ空港へ到着、タクシーで目的地のラーンナーテーワライ〈日本兵とタイ娘の純愛悲劇小説=クーカム=の作家でタイ有数の高名な小説家トムヤンティ (クンジン ウイモン・シリパイブーン)女史の仕事場である。〉へ到着。

トムヤンティ女史が快く歓迎してくれました。 11時30分頃まで約2時間面談。主役の小林豊氏は、何度か同女史と面談しておられたが、小生は初めてお会いさせて頂きました。

彼女はその功績を認められて、2005年にラーマ9世(前タイ国王)からクンジンの称号を下賜されたほか芸術界における人間国宝的な存在でもある。

彼女は、五つのペンネームを使い100を超える(119)小説を書いて来た。

トムヤンティ女史は、現在83才と高齢ながら非常にお元気な女傑とも言えるほどの女流作家である。

彼女の父親は、タイ海軍の軍人で、母親は家族の血筋を引くという当時のタイの上流家族の出と言えよう。海軍軍人の父親からは、人や国を愛することや忠実、誠実や正義について教えられたと言っている。彼女は子供のころ汽車で乗り合わせた日本兵の膝の上に座らせてもらい日本兵の優しさに接したことや父親の影響から日本兵に対して特別に好印象を抱いており、山本十五郎海軍大将や当時の駐タイ司令官中村明人司令官を敬愛しており、日本や日本人を好きなのは、そのせいと思われる。

クーカムを書くにあたって中村司令官を小堀の母型としたことを彼女も認めている。彼女は、小堀は、愛、信義、誠実と正義を持ち合わせた素晴らしい日本人であると言っており、彼女にとって理想の男性像であったと思われる。日本の現状に対して、非常に残念がっており、既に戦後70数年経っているというのに何時までもアメリカの抑圧の下にいるのは、残念だと非常に残念がっております。(日本人として、彼女から言われるのは、恥ずかしい思いがしました。)

談話の間に、日本と日本人が大好きであることを何度も聞かされましたが、本心から言っているということは疑う余地が無いほどです。

小堀が死んだとされるバンコクノーイに慰霊碑を立てる話があったというが、そんなことは許されるはずがないとトムヤンティ女史は笑いながら言っております。

そのほか、小堀の刀が欲しいと何度か言っておりました。自分の部屋の中に小堀に関連するもの(刀など)を飾りたいと言っております。

トムヤンティ女史は、日タイ間には悪い感情が存在しないことを強調しておりました。

2020年9月16日 柘植 隆治

(次回号へ続く)

※トムヤンティ女史(84歳)は9月13日、チェンマイ県で亡くなられました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(次回号へ続く)

   

2021年10月20日 タイ自由ランド掲載

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