【なつかしい記事】タイの孤児院を訪ねてみました

タイの孤児院

バンコクのトンブリ側ラマ2世通り近くのスクサワット通りに「泰華孤児院」と漢字で書かれた看板があり中国人の孤児院なのかと以前から気になっていましたが、実際に訪ねてみました。孤児院は大通りから少し裏に入ったところにあり、敷地内に小学校も併設されていて意外と大きな施設でした。

この孤児院は「The Orphanage Foundation of Thailand」という基金が運営しており、ここで20年以上勤務するベテランスタッフのランワナー・コンムクーンさんに施設内を案内してもらいました。漢字の名前が付いているのは、1975年にタイの華僑によりこの基金が作られたからで、同基金が運営する孤児院に併設されている小学校では中国語を教えるなど、中国色が強いですが、孤児は人種、宗教に隔たりなくタイ全土から受け入れているそうです。

この日は学校が休みだったので、子供たちは昼寝したり、テレビを見たり、自由に過ごしていました。1部屋7~8人のベッドが並んでいて、孤児院という言葉からイメージされるような悲壮感はありませんでした。

ここで現在90人の孤児が共に生活していており、ランワナーさんは子供たち全員の名前を覚えていて、彼らにとってお母さんの様な存在なのでしょうか。

この孤児院に入れるのは、2歳半から8歳までの子供で、入った後は最高18歳まで滞在できます。両親のいない子供の親類が、経済的に面倒を見れないので、ここへ連れてくる場合が多いそうですが、なかには捨て子や警察に保護されて連れて来られた子供もいます。

ランワナーさんによると、昨年まで日本人の兄弟(現在8歳と7歳)が4年間この孤児院で過ごしていたそうで、父親が日本人、母親がタイ人で、離婚後父親は帰国し母親がドラッグ絡みの犯罪で刑務所に入っている間、孤児院に入っていました。出所した母親に引き取られていきましたが、その後はわからないといいます。施設を出た後もフォローするのは、難しいそうです。

18歳を過ぎ孤児院を出たあと、大学へ進学する子供には、基金が奨学金を出しています。18歳になる前に仕事が決まり孤児院を出るのも自由です。

大人になってコンタクトを取れなくなってしまう孤児はいますが、孤児院から子供が逃げ出したとか、行方不明になったということはないそうです。

食事はみんな一緒に食堂で食べます。給食係のような子供たちもいて、日本の学校の給食の時間と同じ雰囲気でした。

見学した日の昼食は、バミー、サンドイッチ、タイ風おでん、マンゴーで、なかなか美味しそうでした。差し入れのジュースやポテトチップもあり、こんなに食べたら肥満児になるのではないかと心配しましたが、その辺はちゃんと栄養のバランスを考えてあります。

食前にこうして食事が出来ることへの感謝の言葉を全員起立して唱えていましたが、バミーが伸びてしまうのではないかと心配になるほど、長々と唱えていました。この時は普通の学校の給食時間とは違う厳粛な雰囲気になっていました。

孤児院には寄付金だけでなく、いろいろな差し入れがあり、滞在中にも何人かのタイ人がお菓子や文房具などを持ってきましたが、タンブンするような感じで気軽に来る人が多いようです。遊び盛りの子供たちは靴や服をすぐダメにしてしまうので、靴や服の寄付は大変助かるそうです。タイ人だけでなく外国人からの寄付もあり、寄付者のリストの中には日本人の名前もありました。

ランワナーさんによると、子供たち全員をしゃぶしゃぶビュッフェに連れて行くというびっくりするプレゼントをしてくれた日本人がいたそうで、子供たちは大喜びだったそうです。

一番多いときは130人の子供がいて、今は90人まで減りましたが、タイの不安定な政局が長引き、景気が低迷すると、ここに連れて来られる子供がまた増えるかもしれませんとランワナーさんは話していました。(編集部H)

 

2014年6月5日 タイ自由ランド掲載