
1. 世界中の反応——三つの道への葛藤
「龍脈共鳴装置」が世界中に接続された瞬間、地球上のすべての人々のスマートフォンに選択のメッセージが届いた。
最初は混乱だった。
【ニューヨーク・タイムズスクエア】
巨大スクリーンに、三つの選択肢が映し出された。
通りを行き交う人々が立ち止まり、画面を見上げた。
「意識転送?新人類?何だこれは?」
「ジョークか?それともハッキング?」
しかし、すぐに世界中のニュースが一斉に報じ始めた。
「これは実在するプログラムです」
CNNのアンカーが深刻な表情で語った。
「日本の富士山地下で発見された古代装置が、全人類に三つの進化の道を提示しています。国連は緊急安全保障理事会を召集し、この事態への対応を協議中です」
【ロンドン・ビッグベン前】
雨の中、人々が傘を差しながらスマートフォンを見つめていた。
「意識をアクシオムに転送…これは宗教か?」
年配の紳士が首を振った。
「いや、科学だ。量子もつれを利用した意識転送技術らしい」
若い女性が不安そうに言った。
「でも、本当に安全なの?意識が消えてしまうかもしれない」
「新人類になるのも怖い。遺伝子改造なんて…」
人々の間で、激しい議論が始まった。
【北京・天安門広場】
中国政府は即座に対応した。
「この選択は、国家の承認なしには実行できない」
政府のスポークスマンが発表した。
「中国国民は、政府の指示に従うこと。勝手な選択は法律違反とみなす」
しかし、SNS上では反発の声が広がった。
「これは個人の自由だ!政府に決める権利はない」
「でも、選択を誤れば国家が崩壊する」
中国国内で、新たな対立が生まれ始めていた。
2. 日本——選択をめぐる混乱と対立
横田基地。
奈々子たちが地下から戻ってきた時、基地は前例のない混乱に陥っていた。
第一格納庫(意識転送派)と第二格納庫(新人類派)の間で、激しい論争が起きていた。
「意識転送こそが真の進化だ!」
「いや、新人類こそが人間の未来だ!」
人々は二つの陣営に分かれ、互いを非難し合っていた。
しかし、新たに「第三の陣営」も生まれていた——「自然のまま派」。
「私は何も選ばない!人間のまま生きる!」
中年の男性が叫んだ。
「意識転送も新人類化も、どちらも人間を変えてしまう。私は普通の人間として死にたい」
この第三の陣営には、保守的な人々、宗教的理由で改造を拒否する人々、そして単純に変化を恐れる人々が集まっていた。
奈々子は演台に立ち、マイクを手に取った。
「皆さん、聞いてください」
彼女の声が、格納庫全体に響き渡った。
「私たちが提示した三つの道は、どれも正しく、どれも間違っています。なぜなら、『正しさ』は一人一人異なるからです」
人々は静かになった。
「意識転送を選ぶ人は、肉体の限界を超えたいと願う。新人類化を選ぶ人は、この世界で生き延びたいと願う。そして自然のままを選ぶ人は、人間の本質を守りたいと願う」
奈々子は深呼吸をした。
「どの選択も尊重されるべきです。互いを非難するのではなく、理解し合うべきです」
しかし、群衆の中から声が上がった。
「理想論だ!自然のままの人間は、食料を消費する。新人類になれば食料消費は減る。ならば、全員が新人類になるべきだ!」
別の声が反論した。
「いや、意識転送が最も効率的だ。肉体を捨てれば、食料も住居も必要ない。全員が転送すべきだ!」
そして第三の声。
「お前たちは人間であることを放棄する気か!私は人間のまま死ぬ!」
論争は激化し、奈々子の演説は混乱の中に消えていった。
3. 最初の大規模選択——それぞれの道へ
数日後、横田基地では歴史的な瞬間を迎えていた。
【第一格納庫:意識転送】
約5000人の志願者が、意識転送装置の前に列を作っていた。
末期患者、高齢者、そして「この世界に絶望した」と語る若者たち。
「私は70年生きました。十分です」
老人が穏やかに微笑んだ。
「アクシオムで新しい人生を始めます」
彼は装置の中央に横たわった。
奈々子が操作パネルを起動し、装置が青白い光を放ち始めた。
数分後——
「転送完了」
チャイ教授が静かに告げた。
老人の肉体は、もう呼吸をしていなかった。
しかし、モニターには「意識受信確認」のメッセージが表示されていた。
「次の方、どうぞ」
列は続いた。
一人、また一人と、人々は意識転送を選び、肉体を離れていった。
【第二格納庫:新人類化】
約8000人の志願者が、新人類化処置を待っていた。
感染症患者、重傷者、そして「強く生きたい」と願う人々。
「娘を守るために強くなりたい」
母親が決意を込めて言った。
エレナが彼女の手を握った。
「わかりました。あなたを新人類にします」
手術室で、母親の身体にナノマシンが投与され、遺伝子改造が施された。
6時間後——
母親は目を覚ました。
彼女の瞳は以前より鮮明に輝き、身体から淡い光が放たれているように見えた。
「私…生きてる。そして…強い」
彼女は自分の手を見つめた。
「これが…新人類」
列は続いた。
一人、また一人と、人々は新人類への道を選び、変容していった。
【屋外広場:自然のまま派】
約3000人が、何も選ばないことを選んだ。
「私たちは人間のまま生きる」
リーダー格の中年男性が宣言した。
「たとえ飢えても、病に倒れても、人間の尊厳を守る」
しかし、その決意は日に日に揺らいでいった。
食料配給は減り続け、感染症は拡大していた。
数日後、自然のまま派の中から、次々と脱落者が出始めた。
「もう限界だ…新人類化を受けたい」
「いや、私は意識転送を選ぶ」
自然のまま派の人数は、急速に減少していった。
4. 世界各国の対応——分断される人類
世界各国の政府は、この選択にどう対応するか激しく議論していた。
【アメリカ合衆国】
大統領は国民に向けて演説した。
「アメリカは自由の国です。選択は個人の権利です。政府は干渉しません」
しかし、この方針は社会の混乱を招いた。
意識転送派と新人類派が対立し、各地で暴動が発生した。
【中国】
政府は厳格な統制を敷いた。
「国民は新人類化を選択すること。意識転送は許可しない。自然のままも許可しない」
「新人類化によって、中国は世界最強の国家になる」
国家主導で、大規模な新人類化プログラムが開始された。
【インド】
宗教的理由から、多くの人々が選択を拒否した。
「魂を転送する?それは神への冒涜だ」
「肉体を改造する?それは創造主の意思に反する」
しかし、飢饉と疫病の前に、次第に人々は選択を迫られていった。
【ヨーロッパ連合】
EU加盟国は共同で倫理委員会を設立した。
「選択は自由だが、慎重な審査が必要」
「未成年者の選択は保護者の同意が必要」
しかし、審査プロセスが遅すぎるという批判が高まった。
5. 日本——飢饉の本格化と社会崩壊
日本では、状況がさらに悪化していた。
富士山噴火から一ヶ月。火山灰は依然として首都圏を覆い、農業は完全に停止していた。
食料備蓄は底をつき、配給は一日一食、わずかな穀物だけになった。
【東京・避難所】
体育館に詰め込まれた数千人の避難民。
一人当たりのスペースはわずか1平方メートル。
衛生状態は最悪で、感染症が猛威を振るっていた。
「お母さん、お腹空いた…」
幼い子供が泣いている。
母親は自分の配給を子供に与えた。
「大丈夫よ。お母さんは大丈夫だから」
しかし、母親の身体は痩せ細り、顔色は青白かった。
別の避難所では、争いが起きていた。
「お前、配給を二回受け取っただろう!」
「嘘だ!一回しか受け取っていない!」
男たちが殴り合いを始めた。
食料をめぐる争いは日常茶飯事になっていた。
そして、ついに避難所の一つで暴動が発生した。
「食料をよこせ!」
「子供が死にかけているんだ!」
群衆が倉庫に殺到し、わずかな備蓄を奪い合った。
警察も自衛隊も、もはや制御できなかった。
第七の難「内乱」は、完全に現実化していた。
6. エレナの決断——新人類による救済
この状況を見て、エレナは重大な決断を下した。
「テラ・ファーストの全資源を投入します」
彼女は基地の司令室で宣言した。
「日本全国の避難所に、新人類化処置を無償で提供します」
「しかし、それだけの資源が…」
「構いません。世界中のテラ・ファースト支部から物資を集めます。そして…」
エレナは決意を込めて言った。
「私自身も新人類化します」
全員が驚愕した。
「エレナさん、あなたは健康です。その必要は…」
「いいえ、必要です」
エレナは強い眼差しで言った。
「私が先頭に立たなければ、人々は信じない。私が新人類化すれば、多くの人々が続くでしょう」
翌日、エレナは公開の場で新人類化処置を受けた。
世界中のメディアが中継していた。
手術台に横たわるエレナ。
彼女の身体に、数百万個のナノマシンが投与された。
遺伝子改造が施され、神経接続装置が埋め込まれた。
6時間の手術後——
エレナは目を開けた。
彼女の瞳は、以前より鮮明に輝いていた。
肌からは淡い光が放たれ、まるで内側から輝いているようだった。
「これが…新人類」
エレナは立ち上がった。
彼女の動きは以前より流暢で、まるで重力を感じていないかのようだった。
「私は今、人類の新しい未来を体現しています」
エレナの宣言は、世界中に衝撃を与えた。
その日から、新人類化を選ぶ人々が急増した。
7. 奈々子の葛藤——意識転送の限界
一方、奈々子は深刻な問題に直面していた。
意識転送を選んだ人々の数が増えるにつれ、奇妙な報告が寄せられるようになった。
「転送された意識が…不安定です」
チャイ教授が憂慮した表情で報告した。
「アクシオムからの応答が、日に日に弱くなっています」
「どういうことですか?」
「恐らく、転送先での意識の『定着』に問題があるのです。1200光年彼方の惑星に、一体どんな環境があるのか、私たちは何も知りません」
奈々子は震えた。
「では…転送された人々は…」
「わかりません。彼らの意識が無事にアクシオムで存在しているのか、それとも転送途中で消滅しているのか、確認する方法がないのです」
この報告を聞いて、奈々子は深い苦悩に陥った。
自分が提示した「意識転送」という選択肢は、本当に正しかったのか。
もしも転送された人々の意識が消滅していたら…
それは大量殺人と何が違うのか。
8. 「時の管理者」からの真実——衝撃の啓示
その夜、奈々子のスマートフォンに再びメッセージが届いた。
【緊急メッセージ】
奈々子へ。
あなたの疑問は正しい。 意識転送には、リスクがある。
アクシオムは実在する。しかし、そこは『楽園』ではない。 それは『試練の場』だ。
転送された意識は、アクシオムで新しい形の存在になる。 しかし、その過程で『自己』を失う者もいる。 成功率は約70%。残りの30%は…消滅する。
これは残酷な真実だ。 しかし、これもまた進化の一部なのだ。
物理進化にもリスクはある。 新人類化した者の一部は、人間性を失い、機械のような存在になる。
そして自然のままを選んだ者は、飢えと病で死ぬ。
どの道もリスクを伴う。 しかし、選択しなければ、人類に未来はない。
奈々子、恐れるな。 あなたは正しいことをしている。
奈々子は涙を流した。
30%が消滅する…
それは自分が知らずに、何千人もの命を危険に晒していたということだ。
「私は…間違っていたのでしょうか」
彼女はテンジンに尋ねた。
老僧は静かに答えた。
「奈々子様、完璧な選択など存在しません。どの道もリスクを伴います。しかし、選択肢を提示したことは正しかったのです」
「でも…」
「人々は知る権利があります。リスクを知った上で、それでも選ぶ権利が」
9. 真実の公表——人々の反応
翌日、奈々子は公開の場で真実を告げた。
「皆さん、重要な情報があります」
彼女の声は震えていた。
「意識転送には、30%の失敗率があります。転送された意識が、アクシオムで消滅する可能性があるのです」
会場がざわついた。
「私はこの事実を知らずに、意識転送を勧めてしまいました。本当に申し訳ありません」
人々の間で、怒りの声が上がった。
「嘘つき!」
「殺人者!」
しかし、意外なことに、意識転送派の多くは動じなかった。
「70%の成功率があるなら、十分だ」
末期癌の老人が言った。
「このまま苦しんで死ぬより、30%のリスクを冒してでもアクシオムに賭ける」
若い女性も言った。
「この世界に希望が見えない。ならば、新しい世界に賭けたい」
奈々子は驚いた。
人々は、リスクを知った上で、それでも選択していたのだ。
10. 新たな対立——リスク派 vs 慎重派
しかし、この真実の公表は、新たな対立を生んだ。
「リスク派」——リスクを承知で意識転送や新人類化を選ぶ人々。
「慎重派」——リスクを恐れ、より安全な方法を求める人々。
そして、両派の間で激しい論争が始まった。
「お前たちは無責任だ!30%の失敗率なんて高すぎる!」
「お前たちこそ臆病者だ!リスクを取らなければ、何も変わらない!」
人類は、さらに細かく分断されていった。
そして、日本では——
食料危機、疫病、内乱、そして思想対立…
すべてが混沌として、社会は崩壊寸前だった。