
(Day 21)
なぜタイのお寺には犬や猫が多いのか?
――動物と共に生きる、タイ仏教のやさしさ
タイのお寺(ワット)に行くと、
境内の木陰で昼寝をする犬、仏塔のそばを静かに歩く猫の姿をよく見かけます。
日本から来た人は、よくこう聞きます。
「どうしてこんなに動物が多いんですか?」と。
それは偶然ではなく、タイ仏教の価値観そのものです。
■「生きものすべてが修行の途中」
タイで広く信じられている上座部仏教では、
人間も動物も、同じ輪廻(ループ)の中にいる存在と考えられています。
犬や猫は
「前世で人だったかもしれない存在」
「次の生で人になる途中の存在」
だからこそ、
追い払う理由がありません。
■ お寺は“命のセーフティネット”
捨てられた犬や猫が、最終的にたどり着く場所。
それがお寺です。
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お坊さんが最低限の食べ物を与える
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村の人が徳を積むために餌を持ってくる
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誰も所有しないけれど、誰も排除しない
ここには
「飼う/飼われる」ではない共生があります。
■ 僧侶は動物を叱らない
境内で犬が寝ていても、
猫が本堂に入ってきても、
僧侶が怒鳴ることはほとんどありません。
「そこにいる理由がある」
「今はそういう縁なのだ」
そう考えるからです。
人間が正しく、動物が下、
という上下関係はありません。
■ 徳を積むという、やさしい循環
タイでは、動物に食べ物を与えることは
**立派なタンブン(徳積み)**です。
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お寺に来たついでに犬にご飯をあげる
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野良猫に水を置いて帰る
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噛まれても「自分の因縁」と受け取る
少し不思議で、でも穏やかな世界。
■ タイの田舎で感じること
タイの田舎のお寺にいる犬や猫は、
警戒心が少なく、静かです。
それは
「ここでは傷つけられない」
と知っているからかもしれません。
人も動物も、
少し不完全なまま、生きていていい。
そんな空気が、お寺には流れています。
■ 今日のひとこと
タイのお寺に動物が多いのは、
「管理が甘いから」ではなく、
命を切り捨てない文化があるから。
それは派手ではないけれど、
確かに“やさしい仏教”です。
次回(Day 22)は、
「朝のお坊さん托鉢と、犬たちの不思議な行動」