Day 23
仏教と病・老い
— 避けられない変化と、やさしく向き合う智慧 —
病や老いは、
誰にとっても避けることのできない現実です。
仏教は、
それらを「不幸な例外」ではなく、
生きている証としての自然な過程と捉えます。
タイ仏教では特に、
病と老いを通して
深まる智慧があると教えられます。
■ ブッダが見た「老・病・死」
ブッダが出家を決意したきっかけは、
老いた人、病む人、死にゆく人の姿でした。
そこから導かれたのは、
「どうすれば避けられるか」ではなく、
「どう向き合えば苦しみを減らせるか」
という問いでした。
■ 病は敵ではない
病になると、
「元の自分に戻りたい」と
強く願ってしまいます。
しかし仏教では、
その抵抗こそが
苦を深めると説きます。
病は、
体の無常を教える
静かな教師でもあります。
■ 老いは失うことだけではない
老いは、
体力や役割を失う過程でもありますが、
同時に
執着を手放す機会でもあります。
タイでは、
年を重ねた人が
自然に尊敬される文化があります。
それは、
老いが智慧の成熟と
結びついているからです。
■ 変化とともに生きる視点
仏教は、
「変わらないものを守ろう」とは教えません。
変わることを前提に、
今あるものを丁寧に生きる。
その姿勢が、
病や老いへの恐れを和らげます。
■ ケアする人、される人の修行
看病する側も、
看病される側も、
どちらも修行の道にあります。
忍耐、感謝、謙虚さ――
そこに、
人としての深まりがあります。
■ 今日の小さな実践
今日、
体の変化に一つだけ
気づいてみてください。
疲れ、痛み、息遣い――
評価せず、
ただ知る。
それが、
病と老いに向き合う
第一歩です。
🔔 次回予告 – Day 24
明日は、
**「仏教と死」**について学びます。
恐れではなく、
理解としての死。
生をより深く生きるための視点を
タイ仏教から探っていきましょう。
