【タイの田舎の小さな家から】映画『After the Quake』感想 ― 焚き火と量子力学と、明日がわからないということ ―

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映画『After the Quake』感想

― 焚き火と量子力学と、明日がわからないということ ―

村上春樹の短編を原作にした映画『After the Quake』。
大きな事件そのものよりも、「そのあと」を生きる人たちの心の揺れを描いた作品です。

派手な展開はありません。
でも、不思議と心の奥に残る映画でした。

簡単なあらすじ

1995年の大地震の「後」、世界のあちこちで生きている人々。
彼らは直接被災していなくても、どこかで心にヒビが入っている。

喪失感、空白、理由のわからない不安。
そんなものを抱えながら、それぞれが「普通の日常」を続けていきます。

物語は説明しすぎず、観る側に委ねる形で進みます。
だからこそ、自分自身の記憶や感情と静かにつながってくる映画です。

焚き火のシーンが、とにかく感動的

印象的だったのが焚き火のシーン。
炎を見つめながら、言葉にならない感情がゆっくりと溶けていく。

火って不思議ですよね。
破壊もするけど、同時に癒しも与える。

あの焚き火は、
「世界は壊れたけれど、それでも温もりは残っている」
そんなメッセージのように感じました。

説明ゼロなのに、ちゃんと伝わってくる。
とても映画的な瞬間でした。

量子力学的思考に共感

この映画、どこか量子力学っぽい感覚があります。

原因と結果が一直線じゃない。
遠くの出来事が、見えない形で影響を与える。

地震という巨大な出来事が、
人の心の中で波紋のように広がっていく。

「観測されるまで状態は決まらない」
そんな量子的な不確かさが、人間の感情とよく似ていると感じました。

イマジネーション ― 夢で戦うということ

現実ではどうにもならないこと。
それでも、人は想像力の中で戦い続ける。

夢、イメージ、物語。
それらは逃避ではなく、生き延びるための武器なんだと思いました。

この映画は、
「想像することをやめなかった人間は、まだ負けていない」
そんな優しい肯定をしてくれます。

明日は不覚日。何が起きるかわからない

明日、何が起きるかは誰にもわからない。
それは不安でもあり、同時に事実です。

『After the Quake』は、
その不確かさを無理に克服しようとしません。

ただ、
「わからないままでも、生きていていい」
そう静かに語りかけてきます。

不覚日(なにが起きるかわからない日)を生きる私たちにとって、
とても今的な映画だと思いました。

まとめ

Tensui

『After the Quake』は、
大声で感動させる映画ではありません。

焚き火のように、
じんわりと心を温めてくれる作品です。

量子力学、想像力、不確かな未来。
その全部を抱えたまま、それでも今日を生きる。

そんな人に、そっと寄り添ってくれる一本でした。

 

 

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