2014-12

タイ関連情報

在タイ日本人にとって開かれた大使館でありたい

タイ自由ランドの読者の皆さん、こんにちは。駐タイ日本国大使の佐藤です。この地に在住している日本人の一人としてこの場をお借りしてご挨拶できますことを大変嬉しく思います。 今年1年は皆さんにとってどのような年でしたでしょうか。私同様、タイで生活をされている皆さんはご存じのとおり、今年は5月にクーデターが発生しました。大きな社会混乱は生じなかったものの、日タイ両政府間のハイレベルによる交流が実施できない状況が数カ月続き、私にも多くの日タイの友人から日本政府は軍政とどう付き合っていくのか、不安の声が寄せられました。私に寄せられた不安の声は、長い両国友好関係の証左であり、政治、経済、文化等のあらゆる分野において、緊密かつ成熟した日タイ関係を更に発展させていくためには、関係発展の最前線に立つ大使館の役割がこれまでにも増して重要になっていることを改めて認識しました。 8月末の新政権発足後、10月の城内外務副大臣のタイ訪問を皮切りに、イタリアで行われた国際会議の際には、安倍総理がプラユット首相と新政権発足後初の首脳会談を行うなど、意思疎通の強化を図ってきました。私もタ...
日本料理店

しゃぶしでうなぎにぎりが食べ放題

本紙で連載中のナカさんが「しゃぶしはいいよ」というので詳しく聞いてみると、うなぎにぎりが食べ放題という。そして、しゃぶしゃぶのスープでカレー味があり、それもまずまず。値段は1人300バーツちょっと。エカマイ駅前のゲートウェイで開いているというので、平日の夜に向かってみました。 「Shabushi」といえば、グリーンティーなどのオイシが経営していて、休日などにモールなどで見るといつもタイ人が行列をしていて、「タイ人向けにアレンジされた日本料理」という認識で、一度も行ったことがありませんでした。 ゲートウェイの平日なら、それほど人は入っていないだろうともくろみ、行ってみると、階数を少し迷いました。日本料理店が集まっている階のさらに下の階。かき氷のえびす庵が入っている階ですね。「おおきに」が開店準備中で、その近くに「Shabushi」がありました。 案の定、人は並んでおらず、ス~と入ってみると、入り口の近くのカウンター席に座り、目の前には回転寿司のようにお皿にのった、しゃぶしゃぶの素材が回っており、それを自分の目の前に用意されたひとりスープに入れて食べ...
賃貸オフィス、工場レンタル

バンコクのオフィス賃貸ビル探訪録シリーズ、11回目は「ウエイブプレイス」

バンコクオフィスビル探訪録シリーズ、11回目は、BTSプルンチット駅前にある「ウエイブプレイス」 をご紹介します。 プルンチット駅からチットロム駅にかけての一帯は、バンコクを代表するビジネスエリアのひとつであり、大型のオフィスタワーをはじめ、大使館、ショッピングコンプレックス、ホテル、アパート・レジデンス、飲食店、銀行、学校などが建ち並び、一帯は巨大な商業文教エリアとなっています。 また、プルンチット駅周辺は、数年前より大規模な再開発プロジェクトが複数進行しています。(1)駅前でホテルオークラを含む複合コンプレックスビル「パークベンチャーズ」(2012年完成)。(2)英国大使館跡地に複合不動産プロジェクト「セントラル・エンバシー」(2014年完成)。(3)駅前に建設中の地上50階建て、45階建て、14階建ての3棟で構成される高層大型コンドミニアムの「ノーブルプルンチット」(2017年完成予定)等々…。そんなプルンチット駅から徒歩1分、ワイヤレス通りに面した側に立地する1996年竣工21階建ての高層オフィスタワーがウェイブ・プレイスです。 ウェイブ...
ヨシダ不動産

「ヨシダ不動産」のコンドミニアム販売、マリーナベイフロント シラチャコンドミニアム

バンコクで不動産賃貸仲介を行なっている「ヨシダ不動産」が、このたび販売の事業を始めることになりました。ここではお勧め物件を紹介していきます。 シラチャ日本人居住区の海沿いに立地します。32階建て全273部屋ですが、活発なセールスをあげ、短期間のうちに残戸数、数邸となっております。モデルハウスも完成していない状況にもかかわらずです。驚きの人気です。 (特徴) ・日本人居住区。 ・海沿いでプライベートビーチの設置も検討中。 ・売主であるRCK プロパティーは、不動産開発、観光バス路線バス運行、トレーラーの製作まで手がける大手です。 ・建築主はタイ大手ゼネコンのイタルタイ。 ・敷地内にホテルが共同開発され、ACCOR社ノボテルが経営を担う。 ・ショッピングモール併設、現在日系店舗誘致中。 以前よりシラチャ、パタヤにおいては海沿い物件が少ないのですが、これは正真正銘の数少ない海沿いの物件です。さらに、有名ホテルのノボテルとの共同でプライベートビーチ開発が決定すれば、ビーチのないシラチャでは特別な存在となるでしょう。 かなり早い段階での好況な売れ行きで...
中国料理店

故郷の中国料理をバンコクで!

バンコクには手ごろな値段で食べられる美味しい中華料理店がたくさんありますが、日本人率も非常に高く、場合によっては中国人よりも日本人のお客の方が多いのでは?というお店もたくさんあります。 バンコク在住の中国人Tさんによるとバンコクにある日本人率の高いお店などは、日本人に人気のメニューを、辛さなどを抑えて提供しているところが多く、地方色はそれほど強く出ていないといいます。 Tさんは広東出身ですが、意外にも辛いものが苦手だそうです。広東は中国の中でも料理に唐辛子をあまり使わない珍しい地域で、そのなかでも家庭料理は肉や野菜を砂糖、醤油、塩、にんにく、しょうがを使って炒めた素朴なものが多いといいます。 日本人と感覚が似ていて、肉を食べすぎたというときは野菜中心の炒め物にしたりと、肉と野菜のバランスをよく考えているそうです。 バンコクの人気の中華店といっても、自分の故郷の味とは違うために、行きつけのお店は少なく、おそらく日本人の方が詳しいだろうといいます。また、ヤワラートのお店もあまり口に合わない。 そんなTさんが唯一よく行くお店というのが、...
日本料理店

ソイ26のKビレッジと日本街は依然、日本料理店の割合高い

写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。   来年3月でオープン5周年を迎える「Kヴィレッジ」は、洗練されたショッピング・モールで、欧米人やハイソなタイ人客が多いですが、オープン時より日系の飲食店が増えており、日本食人気の根強さを感じます。 1階でひときわ目を引くのは沖縄発の居酒屋「目利きの銀次 バンコク本舗」。白木を使った迫力のある外装、内装は、オープンから2年経った今もインパクトがあります。隣にワインバーのワインコネクションがあり、この2店の周辺は夜間、特に週末は大変賑やかです。1階には新しい寿司屋「億」が準備中です。 2階には飲食店が全部で15店舗ありますが、約半分の7店舗が日本食店舗で、ヴィラ・スーパーで買い物をするタイ人高所得層が、よく利用しています。 カレーライスのココ壱番屋や大戸屋、長崎ちゃんぽんのリンガーハットなど日本でも良く知られたチェーン店から、ダイソーや日系の整骨院もあるので、1階より日本色が強いです。 リンガーハットは、今のところタイではKヴィレッジの店舗のみなので、わざわざ食べに来る日本人もいます。 吹き抜けスペースでは、月末にオーガニック・フ...
浄水器のレンタル、販売

店主物語り⑪ 「タイでの浄水器事業」で10年

大学は医学部だったが、父親が希望したもので、旭 (アキラ) が本当 にやりたいことで はなかった。しかし、日本で韓国大使館の大使を務めた父親にはさからえない。あいだ 軍隊に3年行ったのち、復学したが、 どうしても医者にさせたい父親から逃れる意味あいもあり、ロンドンに留学した。居心地のよいロンドンでそのまま、仕事に就こうと思っていた矢先、3歳の時に連れ戻された。兄の死というのもあり、帰らざるを得ない状況でもあった。戻ってくるとやはり「医者になれ!」と。 からだは大きく、ガッシ リした体格だが、小さいころから気持はやさしい子どもだった。虫1つでも殺すのはイヤ。小学生の時、カエルの解剖がある日はイヤで、あらかじめ知っていたその日に学校を休むという 少年だった。そんな子どもが、外科の先生になろうとしている。小学3年から6年の時に日本に行き、その時、父親が韓国大使を務めていた。ミッション系の学校に行ったが、日本語は読み書きもできるようになり再び、高校1年〜3年の時も、独立して事業を行っていた 父親とともに、大阪で過ごした。流陽に話す日本語は学生のころに身につけたものだ。さて、ロンドン...
タイ関連コラム

カゴメはタイでも「トマトジュース」

「自然を、おいしく、楽しく。」のキャッチフレーズでお馴染みのカゴメ。日本ではケチャップやソースといったトマトの商品、また、野菜ジュースでも有名なカゴメですが、ここタイでオリジナルの商品を販売しているのをご存じでしょうか。 例えば、コンビニの栄養ドリンクのコーナーに並ぶ「トマトエッセンス」。小瓶に入っている飲みきりタイプのもので、これ1本で生トマト約5個分の成分が摂取できるというもの。また、トマトと果汁を組み合わせたペットボトル飲料なども販売しており、BTSやテレビでは有名タレントを使ってのコマーシャルが流れています。 このように、タイでは「美容・健康」というイメージが定着していますが、今回は、そんなカゴメのタイでの取り組みについて、タイ法人代表の山本一成さんに話を聞くことができました。 多くの大手日系企業がタイに進出してくるなか、意外にもカゴメはタイ法人を設立してから、まだ2年目で、東南アジアではタイが初の進出国です。 冒頭で紹介したタイオリジナルの「トマトエッセンス」は、タイでの第一弾目の商品で、昨年度の売り上げは約100万本。 有名な...
スパ、エステ

店主物語り ⑩ 日本で養ったサービスの心を「スパ、エステ」に

タイ人の友だちの紹介で、日本人と知り合い、のち結婚。チャリン・ムラタという名前になって、茨城の水戸市に移り住んだ。だんなは建築の設計などの仕事をし、その両親とも同居。チャリンは奥さんとして、炊事、洗濯、買い物などを習い、日々、こなすようになった。 日々の生活の中でことばも少しずつ覚え、水戸産の納豆も食べられるようになった。日本料理もお母さんから教わり、休日に行く温泉旅行なども楽しく、年に2回は実家のバンコクに戻る生活で、不自由なく暮らしていた。 うまくいっていた夫婦生活だが、何年たっても子どもができない。孫を期待しているだんなの両親も、いまか、いまかと待っていたが一向にその日は訪れず、日本での生活も10年を越えていた。 やはり、どうしても子どもが欲しい両親やだんなと話し合いを持ち、「それなら別れて、新しい奥さんをもらうほうがよい」と夫婦生活14年目に決心し、1人でバンコクに戻ってきた。 だんなの稼ぎという後ろ盾がある状態から、一人で生きていかなくてはならない状態になり、幸い、14年間の日本で養った日本語で、日本人の通訳の仕事などを得、自分で稼ぐ生活が始...
理容室、ヘアサロン

店主物語り ⑨ シンガポールのホテル内に「ミナト理容室」 、ハサミ1つで生きてきて45年

小さいときからからだが弱かった平野は、人をきれいにしたい、という気持ちを持つ純粋な少年だった。そんな少年が成長し、理容系の学校を出て、25歳で、帝国ホテルの中にある「及川」という理髪店に就職する。他にも高級ホテルにテナントとして入っている店で、帝国ホテルではずらりと並んだ台は15台。さらに個室も完備していた。 男性専用だが、1970年当時で何と12000円の散髪料だった。そのため、客は実業家や有名人、代議士の先生、そして宿泊する外国人客など。 見習いをすぎ、すでに30を越えた平野は、外国人をまかされることも多くなり、自然に英語も身に付けていった。たびたび個室でのカットもまかされるようになり、主任にのぼりつめていった。 当時の有名人では、一番、思い出に残るのは三橋美智也さん、そして渥美清さん。さらに森繁久彌さんなど。森繁さんはひげの扱いもうるさかった。ていねいにパーマをかけるのが常だった。 それから平野は結婚し、早く独立したいと思うようになっていた。それでまず、お金を貯めること。これに全力を注いだ。 1000万円は貯めたいと思っていたので、床屋の仕事だ...
不動産物件、賃貸アパートの仲介

店主物語り ⑧ タ イから日本へ帰国して3ヵ月で決断、日本からの「第4の進出ブーム」が来る

1989年、タイの立ち上げの責任者として赴任した山口は、商社とのプロジェクトで、さっそく不動産開発を手がけた。バンカディ工業団地の前にある100ライの土地で、高層ビルや一戸建てを開発するもの。それと同時に山口自らが企画から練り上げたルアムルディーのサービスアパートの開発、ランシットの100ライに及ぶ土地分譲。 その当時は日本でバブルのころだったが、タイに進出して不動産開発をしている企業はまれで、ノウハウがない中、自分が先陣を切って駆け回らなくてはいけなかった。日本から連れて来た部下の井内とともに奔走していた。 建築許可もなかなか出ない。自分が直接、役所に説明をしたいが、ことばの問題もあり、スタッフを行かせるが一向に許可がおりない。自分も乗り込んでみたがそれでもダメ。都知事に会いに行くと「ワイロなどは絶対に出さないで下さい」と言われ、出したくないのはやまやまだから、出さないでいると、やはり一向に許可がおりない。 それでも3年半の任期の間で、プロジェクトは順調に進み、後任に引き継いで帰国した。 タイでは自分の指揮のもと、自分の判断でやりくりしていたが帰国して...
日本料理店

店主物語り ⑦日本村で断トツの超人気店。もう一度、日の当たるところにでなくては

バンコクでの日本料理店「あげ半」の立ち上げで、香港に1年半ほど勤めていた金沢が香港から派遣される。しかし、総支配人とうまく行かず半年で辞め、その後、タイにしばらく滞在し、遊びふけっていた。そのあと今のタイ人の奥さんと知り合い、「タイで店でもやるか」と気持ちが入り、日本からお金も持ってきて、物件を探し始めた。そんな時、日本村の桜井と出会い、そこにテナントを借りることにし、まとまったお金を稼ぐため、地元の北海道にタイ人の妻も連れて、なじみのトマム・リゾートホテルの調理人として短期で働くことに。もちろん、妻は皿洗いだったが2人で1ヵ月、70万円は稼いだだろうか。住み込みのため、3ヵ月でかなりの金額になった。 そして、タイに戻り、日本村に入居する店舗の仕上げ。ちょうど、通貨危機のまっただなかだっただろうか。かなりの不安はあった。 店名については、もうかるという意味も含め「蔵」をつけた名前にしたいと思っていた。トマムで働いた時の知り合いが「会津の方に蔵太鼓という地酒がある」といわれ、「これだ!」とピンときた。 東京・赤羽の割烹から始まった自分の調理人生だが、ここで初め...
タイでロングステイ

店主物語り ⑥教員の道ではなく、タイに行くというのも・・・

そのタイ人、スパチャイと出会ったのは、留学しているタイ人のグループが集まる場であった。東京学芸大に入って1年の秋ごろ、高校からの友人が誘ってくれたのだ。 それから、明大に通うスパチャイと日本語を教えたり、あるいはタイ語を教えてもらったりと、付き合いが始まる。そしてタイへの興味も徐々にわいてきた。 川満は、将来は教員になる、というしっかりした目標があり、アルバイトでも小学生の家庭教師などもしていた。しかし、スパチャイは、アルバイトもせず、仕送りだけで暮らしているようだった。中国系の顔立ちで「この人の家はきっと裕福なんだろうなあ」と思っていた。 大学2年の時、早くも求婚されたが、それぞれ家に帰って相談すると、どちらの両親も猛反対した。スパチャイの母は「長男には同じ中国系に」という譲れない線があった。一方、川満の両親は「そんな、南方の象が歩いている、よくわからないところに娘を行かすわけにはいかない」との理由だった。 それからお互い、両親を説得させるべく、徐々にひもをとくようにお互いの説明から始めた。スパチャイの親戚なども日本にやって来て、両親とも...
ダイエット、おけいこ

店主物語り ⑤「これで自分の空手人生も終わってしまうのか」 「このままバンコクでやり続けよう」

日大芸術学部を卒業して、先輩の紹介で国会議員の秘書になった信包(のぶかね)。20代前半から永田町に通う日々。都合、2人の議員の秘書を7年務めた。しかし、その後、自分で議員になろう、というつもりはなく、学校関係者の紹介で当時、もてはやされていた、テレビ制作会社に入る。主にゴルフ中継などを取り扱っていた会社で、ちょうど、吉本興業が女子プロレスを立ち上げる、というプロジェクトにも参加し、その部門に5年いた。   もともと、高校から空手をやり出し、大学でも剛柔流空手部に所属、卒業してからも仕事を続けながら、大学の朝連に顔を出したり、地域の区の強化コーチとして、土、日曜日も飛び回っていた。 テレビ制作会社に入る面接の時も「目標は、空手道場をつくりたい」といっていたくらいだ。 その制作会社で8年ほどたち、スポーツ番組のESPNに所属となり、NBAのバスケット中継など、昼夜逆転の生活を強いられることになった。家に帰るのは服を着替えるくらい。会社に泊まることも多くなり、昼間に行動できない。徐々に空手とも疎遠になり「仕事のためならしょうがないのかなあ。これで自分の空手人生も終わってし...
中国料理店

店主物語り ④宋(ソン)淑萍。中国山東省からタイにやってきたのは1996年、34歳の時

宋(ソン)淑萍。中国山東省からタイにやってきたのは1996年、34歳の時だ。夫の友だちが、中国から商品を持って来て、タイで販売していた事業を手伝う。しかし、ちょうど、通貨危機のあおりで、次の年には事業がうまくいかなくなる。夫は何とか、中国系の証券会社に勤めることができた。ソンは中国で経理の仕事の経験があったが、ことばの問題もあり、タイではその経験を生かせない。家で主婦業をする毎日だった。 夫は同時に貿易業も始め、徐々に貯金がたまり、「小さな山東の家庭料理の店を開こう」と、2人で場所を探した。そして見つけたのは、今のラマ4世のロータスの裏。民宿・日出のとなりの一区画の商業スペースだった。そこを安くで借り、内装もほどほどに「老山東」を開いた。2000年の時だ。「うまくいかなければ、中国に戻ってもいいよね」と、ソンは夫に話していた。 当初は、タイで発行されていた中国の新聞に広告を載せ、中国人が客としてやって来た。何とか家賃と人件費を払える状態だったが、なかなか客は増えなかった。10カ月ほどたって、気功の先生が紹介した日本人向けの「タイ自由ランド」に広告...
弁護士、裁判、法律

店主物語り ③「帝国リサーチ」と看板をあげ、日本人向けのリサーチ、トラブル解決等

会社をシーロムのITFに起こしたのは15年前。若干21歳の時だ。「帝国リサーチ」と看板をあげ、日本人向けのリサーチ、トラブル解決等。結婚した日本人男性が支えてくれた。 学校を卒業してすぐのウルサは、活発で頭がきれた。当時はインターネットも発達していないため、タイでの日本人のトラブル等は言ってみればグレーゾーン。表には出ない仕事だから、なかにはあの会社は「あやしい」などと噂をたてられることもあった。 それでも精力的、行動的に動く彼女の姿に、トラブル等の事案は常に舞い込んできた。タイに進出した日本の大手企業が「ニセの商品を作られ、出回っているようで、その真偽を確かめてもらいたい」。また、こちらも日本の大手企業が「社内でタイ人従業員が商品を独自に売りさばいているようだが調査してほしい」。 今のように情報がなかなか一般に浸透しづらい時期で、こういうトラブルをたのむところも少なかった。行動派のウルサは、情熱的でもあり、困っている日本人の側に立って、裁判所に行き、入国管理局に行き、日本大使館に行き、タイの警察署にも行った。臆することなく行動するウルサは、こういったトラ...
ペット、子犬

店主物語り ②「わんわんらんど」は犬のペットショップ

  バンコクでは日本人を顧客とする日本人店主も今回の赤服の件で大打撃を受け、一時帰っていった日本人などが早くタイに戻ってくることを期待しています。本紙では広告を掲載している店主を盛り上げて、元気を取り戻してもらえるよう、ストーリー仕立ての店主物語を展開しております。今回はその第2回目。 ◆ ◆ ◆ BTSのアソーク駅から歩いて5分ほど。脇道を入って並ぶタウンハウスの1つが今門の仕事場だ。「キャン、キャン」と甲高い犬の鳴き声が聞こえ、これは相当、となりに迷惑だろうと思う。この7月で、丸5年になる「わんわんらんど」は犬のペットショップ。タイ人スタッフはいるが、今門がひとりで切りまわしている店だ。 神戸で公務員をやっていた今門は、しばられないで自由に生きていきたいと20代後半でタイに移り住む。タイ語学校にしばらく通って、日系の会社に就職。そのころから犬を飼っていて、トリミングやペットホテルで店を利用していた。しかし、ある時、ダニがついて帰ってきたこともあり、日本人経営のペットショップというのはどうだろう、と考えるようになった。そして会社設立の準備を始め、同時に...
スーツの仕立て

店主物語り ①タイに住む日本人を相手に12年間も、仕立てのK2テイラーを守り続けているアビド

今回、タイ国を大きくゆるがした事件で、大打撃を受けたのは個人店主たち。日本人を顧客とする店主も同じく大打撃を受けた。本紙では広告を掲載している店主たちを盛り上げて、元気を出してもらえるよう、ストーリー仕立ての店主物語りを展開する。今回はその第1回目。 ◆ ◆ ◆ その店はBTSアソーク駅から、連絡通路を通って入ったタイムズ・スクエアの中にある。こじんまりした店で店主とスタッフ1~2人が常駐する、ほんとにささやかな店である。所狭しと生地が並び、ピカピカのスーツが立てかけてある。日本人向けにスーツを仕立てる「K2テイラー」だ。 そこの店主はアビド。顔を見るとやはり、インド系。出身はパキスタン。しかし、その彼から出てくる言葉は何と日本語。結構、流暢に日本語を操る。タイに住む日本人を相手に12年間も、K2テイラーを守り続けているアビド。なぜ、タイでテイラーを営み、日本語を話すのか。 日本に渡ったのは24歳の時。浦安のベイヒルトンにインド・パキスタン料理のコックとして招かれた。その後、恵比寿、代官山でも働く。その勇姿はたびたび新聞や雑誌などでも取り上げられる...
不動産物件、賃貸アパートの仲介

賃貸オフィスビル探訪録:カモール・スコソル・ビルディング

シーロム通りのBTSサラデーン駅周辺はシーロムエリアと呼ばれ、バンコクを代表するビジネスの中心に位置し、大型のオフィスタワーをはじめ、ショッピングコンプレックス、ホテル、アパート・レジデンス、飲食店、銀行、総合病院、大学などが建ち並ぶ巨大な商業エリアとなっています。この界隈は、自家用車をはじめ、BTSスカイトレインや地下鉄MRT、公共バスなどさまざまな交通機関を使って、バンコク各地および近県から通勤通学で人が集まってきて、平日朝夕のラッシュアワー時間帯は大渋滞が発生する人口密集地域です。日本で言えば、東京の丸の内オフィス街と同じようなイメージでしょうか。丸の内は日本を代表する企業の本社が建ち並び、その一角が有楽町・銀座界隈と繋がっていて繁華街を形成しているところなど、このシーロムエリアと似ている部分もあります。以前タイ人から聞いたのですが、「シーロムとスクムビット、どちらの会社に勤めたいか」とタイ人に訊ねると、「シーロム」と答える人が多数を占めたという話は、シーロムがタイ人にとってステータスを持っているエリアであることの証しである、という話もあながち間違いでないような気...
タイ関連コラム

パッション・フルーツのジュースが近所のセブンで手軽に買える

サワディー・クラップ。バンコクでいろいろブログを書いてはストップしているITのナカです。 プラカノンのアパートで、目がさめたら、ふと、タイのセブンをネタにしたら面白いことが書けるという、天使のささやきがありました。ということで、セブンイレブンの話を少し連載したいと思います。 50をすでに越えており、白髪も目立っておりますが、やはり異国の地のため、健康には気をつけております。最近の毎日の習慣の1つに、トマトジュースをセブンで買って飲んでいますが先日、早朝にセブンで大きなパッケージのトマトジュースを買ったつもりでしたが、アパートに帰ってよく見ると、なんとパッション・フルーツのジュースでした。 タイ語では「ナム・サワロット」といいますが、サワロットというくだものからつくったものです。実はこのパッション・フルーツは私の大好きなくだもののひとつで、そのジュースは味はちょっと酸味があって独特の味です。いかにもビタミンCがたくさん入っていそうな味です。 ビッグCなどに行くと、くだもの売り場の横手でこのジュースが30バーツあたりで買えるのですが、なかなかほ...
タイ料理店

巨大な水上家屋がバンコク・シー・ビュー・レストラン

バンコクはチャオプラヤー川に沿って開けた都市ですが、わずかながら海に面した部分があります(地図参照)。実際に行ってみるとマングローブの森が広がる湿地帯が広がっていて、とても住所がバンコクとは思えない程、手つかずの自然が残っています。 海に面していると言っても、ビーチはなく遠浅の干潟が続いているだけで、リゾート開発もできないので、かえって自然が残ったのかもしれません。サイクリング・コースもあり自転車に乗ったグループを多く見かけました。 この付近にはシーフードを売りにしたレストランが点在していますが、海の上にあるバンコク・シー・ビュー・レストランは、ボートでしか行くことができないユニークなレストランです。車を運河沿いの駐車場にとめて、そこから30分おきに出ているレストラン専用のボートで行きます。(大人50B,子供20B) 駐車場に着くとタイミング良く、ちょうどボートが出発するところでギリギリ乗り込めました。レストランは午前11時から夜9時まで営業で、週末のランチタイムに行きましたが、20人ほど乗れるボートはタイ人でいっぱい。でもレストランが満席と...
タイ関連コラム

BTSで5時台出勤は快適?

BTSの始発が早くなった。自分が乗るオンヌット駅では、以前は午前5時50分ぐらいに開いていたのが、今は5時15分に開く。そして始発が来るのが5時25分くらいだ。その後、3本ほどは5分刻みでやって来る。 2ヵ月前ぐらいに始発が早まったころは、まだ乗客も少なく、あまり座らない自分も腰かけていたりしたが、今では結構な人が乗り込んでくる。早まったのが徐々に浸透しているのだろう。 朝の早いタイ人にとっては午前5時50分に開門というのはちょっと遅いと感じていた。さむい日本なら、なかなか朝起きるのは厳しいが、毛布なしで1年中寝られるタイでは、慣れれば朝はそんなに苦にならないはず。 日本の啓発本でも「早朝に仕事をする」ススメをしている本も結構あり、確かに朝早くに出勤して自分なりに仕事をこなすのは快適だ。 今やバンコクでも出勤時間はラッシュアワーと化しているようで、それに嫌気がさしている人は、ぜひ、5時台出勤も試してみてもらいたい。 (M) 2014年11月20日 タイ自由ランド掲載
タイ関連情報

在タイ韓国人向けフリーペーパー18年の「僑民」

タイのバンコクで韓国人向けに出ているフリーペーパー「僑民」。すでに18年を迎えるという老舗雑誌だ。 中を見ると、え~、タイにこんなに韓国系の会社があるの?と驚くくらい、韓国の会社の広告が載っている。韓国人編集長のキムさんによると、毎回5000部を発行しているという。 最近はサムスンやLGなど韓国企業の勢いがタイでも増しているが、キムさんによると、タイのバンコクに在住する韓国人は35000人ほど。このところの入国管理局の締め付けにより1~2千人ほどが減ったという。この締め付けというのは、韓国人はタイ滞在がノービザで3ヵ月できるが、国境を越えて戻ってきて3ヵ月を有効にする行為などをシャットアウトした。一度、韓国に行ってしばらくしてまたタイにやって来れば、普通に3ヵ月はもらえるため、露骨に出入りしない限り、空路ではノービザ3ヵ月は有効のようだ。 韓国企業はタイのほか、中国、ベトナム、インドネシアなどで事業展開しており、中国が1位、ベトナムが2位という感じだという。 最近は、バンコクでの韓国料理店も減っているように感じるが、郊外などではタイ人がオープン...