【タイの田舎の小さな家から】タイの有名なお寺を30日で学ぶ Day 11 「僧侶はなぜ笑わないのか?」

Day 11
「僧侶はなぜ笑わないのか?」
感情を抑えているのではなく、
“感情に振り回されない”という修行について解説します。
タイのお寺で僧侶を見ていると、
こう思ったことはありませんか?
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あまり笑わない
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怒らない
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喜怒哀楽が表に出ない
「感情を殺しているの?」
いいえ、まったく逆です。
僧侶は
感情を“感じない”のではなく、
感情に“支配されない”ことを学んでいます。
■ 僧侶も感情はある
まず大切な前提です。
僧侶も人間です。
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嬉しい
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悲しい
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腹が立つ
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不安になる
すべて、私たちと同じ感情を持っています。
違うのは、
それにどう向き合うか。
■ 仏教でいう「苦」の正体
仏教では、
苦しみの原因は外の出来事ではなく、
感情にしがみつく心
だと考えます。
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嬉しい → もっと欲しい
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嫌だ → 逃げたい・怒りたい
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不安 → 何とか支配したい
この「反応」が、
心を波立たせ、苦しみを生みます。
■ 笑わない=冷たい、ではない
僧侶が静かな表情をしているのは、
感情を抑圧しているからではありません。
それは、
感情が湧いても、すぐ反応しない訓練の結果です。
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嬉しくても浮かれない
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嫌でも攻撃しない
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悲しくても飲み込まれない
いわば、
心に「間(ま)」をつくっている状態。
■ 笑ってはいけない戒律があるの?
ありません。
僧侶も必要な場面では笑います。
冗談を言うこともあります。
ただし、
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大声で笑い転げない
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他人を貶める笑いをしない
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感情に流される表現を控える
これは戒律というより、
品位と自覚の問題です。
■ なぜ「静かな顔」が大切なのか
僧侶は、社会の中で
心の基準点のような存在です。
もし僧侶が、
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怒鳴り
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泣き叫び
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感情的に振る舞ったら
人々の心は、さらに乱れます。
だから僧侶は、
自分の心を整えることで、
周囲の心も静める役割を担っています。
■ 瞑想が教えること
瞑想で行うのは、
感情を消すことではありません。
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「怒りが出たな」
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「不安があるな」
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「喜びが湧いたな」
そう気づくだけ。
気づくと、
感情は自然に変化し、消えていきます。
僧侶の静けさは、
この「気づき」の積み重ねです。
■ 私たちの日常にも使える考え方
僧侶の修行は、
決して特別な人だけのものではありません。
例えば、
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イライラしたとき、すぐ言葉にしない
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嬉しいとき、少し深呼吸する
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不安なとき、「不安だな」と認める
それだけで、
感情に振り回される時間は減ります。
■ お寺が“読める”ポイント(Day 11)

僧侶の静かな表情を見たら、
こう考えてみてください。
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感情がないのではない
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心を訓練している
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自分の内側を見続けている
その姿は、
「感情のない人」ではなく、
感情と共に生きるプロなのです。
次回予告(Day 12)
「なぜタイのお寺は金色なのか?」
金色に込められた信仰・美意識・功徳の考え方を解説します。
――
僧侶が静かに微笑むとき、
それは感情が消えたのではなく、
心が澄んでいるサインかもしれません。


















