海外で唯一!日本人経営の宝石研磨工場、宝石鑑別教室や日本語補習サークルも開催


海外で唯一!日本人経営の宝石研磨工場、宝石鑑別教室や日本語補習サークルも開催

毎週の土曜日、日本語補習サークルを開催しています

毎週の土曜日、日本語補習サークルを開催しています

宝石の鑑定をする赤池さん

宝石の鑑定をする赤池さん

宝石の研磨工場を経営する傍ら、宝石鑑別教室で講師を務め、毎週土曜日にはボランティアで、日タイハーフの子ども向けの日本語補習サークルを開催している赤池紳弘さん(48歳)。

15年前にバンコクに宝石研磨の自社工場ノブ・ジェム・カッティング・ファクトリーを設立。日本人が経営する宝石研磨工場は海外で唯一で、仕入れた原石を自社工場でルース(裸石)に加工し、日本をはじめ欧米の宝石メーカーに輸出しています。

原石の仕入れのため、自らミャンマー、カンボジアの国境の鉱山へ行くこともありますが、バンコクから一歩外に出ると、信じられるのは、自分の目と知識と経験だけという、ハイリスク・ハイリターンの世界だそうです。

赤池さんは今までに培った技術と経験を、宝石学の普及のため、後進の指導にあたりたいと考え、10年前から宝石鑑別教室を開いています。

以前は受講生の多くは、駐在員の奥様だったそうですが、今では日本からの受講生が8割で、年に30~40人が受講しています。

本物や偽物の見方、実践的な宝石買付のテクニック、販売ノウハウなど、自身のキャリアで会得した経験を、日本の20分の1という授業料で、伝授しています。

宝石の世界は、基本的に一人で活動する一匹狼的な世界で、厳しいがやりがいのある仕事と話す赤池さん。

「宝石鑑別教室は業界への恩返しという気持ちで、半ボランティアでやっています」と言います。

日本で宝石鑑定の会社に勤めていた赤池さんは、もっと広い世界を相手に宝石の仕事をしたいと、30歳の時、世界の宝石の集積地のひとつであるバンコクへやってきました。

バンコクに来た最初2年間は、タイの宝石商社で日本市場を担当。社員2千人中、ただ1人の日本人でした。

18年前に勤めたタイの宝石商社では、経費削減で日本出張はおろか、国際電話の使用も禁止され、現在のようなネット環境の整備された時代の営業と違い、最初は右も左もわからず、ジュエリートレードセンターの前で日本人宝石商相手に声をかけ、どぶ板営業するなど、手探りで新規の顧客を開拓していったと言います。

タイ人の会社で2年働いたことで、タイの社会やタイでのビジネスでのやり方やトラブルへの対処法など、大いに学ぶことができたそうです。

その経験は、独立してからとても役に立っていて、もし最初からタイで独立していたら、こんなに長く続けられなかったかもしれないと、赤池さんは振り返りました。

技術の進歩と共に、世の中は目まぐるしいスピードで変化していますが、宝石業界は今でも技術的に職人的なアナログの世界だそうで、商品を量産するというより、ひとつひとつの芸術作品を作っている感じで、伝統工芸に近いと言います。
宝石バイヤー、デザイナー、ジュエリー職人が個々の技量を高めあって、一つの作品が生まれる世界です。


赤池さんの工場のカッティング技術や納期管理は、評価と信頼を得ており、うわさを聞いた海外の宝石商やファッションブランドが、訪ねてくることもあるそうで、小さな技術でも世界と繋がっているという感覚も、この仕事の魅力と話します。’


12月に東京で大きなジュエリーショーがあり赤池さんのオリジナルカットを出展する予定です。「いつかオリジナルカットがヒットする夢を見ながら仕事をしていますよ」と笑いました。
一方、授業料完全無料の日本語補習サークルは5年前から続けており、自分の娘に同じ日タイハーフの友達が出来たらという気持ちで始めたそうです。


日本語で勉強し、語り合うサークルで、5歳から12歳の日タイハーフの小学生15~20名が毎週土曜日に参加しています。


万葉集や宮本武蔵、源氏物語など、日本に関連するテーマを教えています。


毎週テーマを考えるのは大変ですが、普段自分が奮闘している宝石ビジネスの世界とは、全く違う世界に触れることで、生活のバランスが取れていると感じるそうです。


また子どもたちや保護者、いろいろな人と会う機会も増え、新しい世界が広がっていくのは、とてもいい刺激になると言います。

2019年10月5日 タイ自由ランド掲載

 

 


 

 

コメント

  1. 赤池さんの宝石鑑定教室は以前タイ自由ランドでも広告をご掲載いただいておりましたが、対象となる生徒さんがタイ在住者よりも日本から学びに来る人に変わってきているそうです。日本で学ぶよりもはるかに安いのが魅力なのでしょう。